法華狼の日記

他名義は“ほっけ”等。主な話題は、アニメやネットや歴史認識の感想。ときどき著名人は敬称略。

従軍慰安婦問題において、あまりにも物知らずな人間こそが、物知りを無知に思ってしまうという問題

印象深かった例をひとつあげると、「強制募集」という古くから使われている言葉を知らずに、その言葉を歴史学者の造語とみなして笑うということがあった。
「強制募集」は新概念や新造語ではなく、従軍慰安婦問題に興味があれば知っておくべき言葉 - 法華狼の日記


先日にインターネットで公開された宮崎駿監督の発言に対する反応も、同じ傾向が見てとれる。
はてなブックマーク - スタジオジブリ - 小冊子『熱風』7月号 憲法改正特集 緊急PDF配信のお知らせ
それでは従軍慰安婦問題でどのようなことが明らかになっているか、ここ数ヶ月の動きにしぼって簡単にふりかえろう。
まず、橋下徹大阪市長の失言をきっかけとして、諸外国から批判されて国連からの勧告まで受けることとなり、否認論の枠組みがまったく国外に通用しないことが改めてはっきりした。
http://www.asahi.com/international/update/0531/TKY201305310444.html
さらに自民党政権も、安倍晋三首相は往生際の悪さを見せているものの*1河野談話の踏襲を明言したり新資料の発見について言及しており、否認論が国内でも通用しないことがあきらかとなった。
http://www.asahi.com/politics/update/0507/TKY201305070356.html
おまけに、唯一といっていい否認論の学問的支柱だった秦郁彦氏すら、吉見義明教授と討論した結果、現在の歴史学において通用しないことが白日のもとにさらされた*2
2013年06月13日(木)「歴史学の第一人者と考える『慰安婦問題』」(対局モード) - 荻上チキ・Session-22


このように、ちょうど最近に従軍慰安婦問題について複数の報道機関から少なくない情報が流れ、否認論は時代遅れということが明らかとなった。しかしインターネットにおいては、そうした過去の蓄積は忘れられ、宮崎監督に反発する声が大きい。
「慰安婦問題で日本は謝罪・賠償すべき」 宮崎駿監督のインタビュー記事が物議 : J-CASTニュース
そもそも、宮崎監督の護憲論において、あくまで従軍慰安婦問題は傍論だ。実際に読むとわかるが、『熱風』の特集で重視されていた9条にとどまらず、96条でさだめられている改正の手続きや、25条で確認されている経済や文化にかかわる権利の話もしている*3
おそらく、わざわざ従軍慰安婦問題をとりあげて反発している者は、それが宮崎監督の護憲論の明らかな間違いとでも思い違いしているのだろう。そのような態度こそ宮崎監督の主張を裏づけるとも気づかずに。
スタジオジブリの小冊子『熱風』7月号の「憲法改正」特集部分がWEB公開 - 法華狼の日記

少なくとも、村山談話従軍慰安婦の状況認識について異論をとなえるなら、自身が国際的視野に欠けているという自白になる。
どちらにしても安易に改憲すべきではないという両監督の主張を補強する。


ところで、宮崎監督の言葉は捏造に近いタイトルをつけられて2ちゃんねるに転載され、2ちゃんねるまとめブログを介してインターネットに拡散しつつある。
はてなブックマーク - 痛いニュース(ノ∀`) : 宮崎駿監督 「慰安婦問題、謝罪賠償すべき」「領土は他国と半分にして解決」「国防軍はやめろ攻められた方がマシ」 - ライブドアブログ
もちろん、2ちゃんねる界隈が誇張や捏造をおこない、まとめブログを介して広められることは、今回にはじまったことではない。、
しかし、上記はてなブックマークにおいて、宮崎監督は物を知らないと評価している者の示した情報が、よりによってチベット問題だったことにはいささか驚いた。

id:enderuku
単純に物を知らないだけでしょ。チベットの女性が子宮に電気棒ぶち込まれて女性機能喪失する動画(が亡命者からupされれば)を大画面で見れば考え変わると思うよ。2013/07/20

少なくともこの人物よりは、よほど宮崎監督のほうがチベット問題にくわしいだろう。
たとえばアニメージュ文庫で発表された絵物語シュナの旅』はチベット神話にもとづいていた。
アニメージュ文庫「シュナの旅」
映像資料が少ない時代から、宮崎監督はチベットに興味を持って作品化していたのだ。むしろ「動画」がなければ考えが変わらないというような発想こそ、自身の想像力のなさを露呈している。
NHKスペシャル』として放映されたドキュメンタリー「チベット死者の書」も、映画『もののけ姫』を作りながら見ていた。これはジブリ学術ライブラリーで映像ソフト化されている。
DVD『チベット死者の書』公式サイト
つい先日にゼロ戦開発者の映画を完成させ、古くから模型情報誌で架空軍記譚を連載しているような作家に対して、インターネットで入手できる程度の情報で軍事的な観点から批判できるという思いあがり。