法華狼の日記

他名義は“ほっけ”等。主な話題は、アニメやネットや歴史認識の感想。ときどき著名人は敬称略。

誰か「暴支膺懲」を知らないか

「防衛力を持っていれば犠牲が防げる」なんていうのも思い込みである - あままこのブログ

おそらく、尖閣諸島魚釣島問題での、日中の緊張の高まりを受けて、話題になっているのでしょう。

もともと「リアリズムと防衛を学ぶ」は複数の事例を紹介しながら、きちんとした情報源を示さないことも多く*1、一種のライフハック記事と読むべきだと思っている。
http://riabou.net/archives/43

頭のよい現実主義者は、相手も自分と同じように合理的に判断する、という思い込みで失敗します。

この文章など、読者を「頭のよい現実主義者」と想定し、相手を非合理かもしれないと思わせている。それを前提とすることへの断り書きや懐疑は、「リアリズムと防衛を学ぶ」に記述されていない。読者を心地良くさせる文章技法としては効果的だろうが、「冷静」な筆致とはいいがたい。


もちろん、過去の事例に学ぶことは悪くないし、個々の事例を詳細に見ていくことが無意味といいたいわけではない。
たとえば日中戦争初期に通州事件という出来事があった。中国大陸に作った傀儡政権「冀東防共自治政府」の保安隊が日本へ反乱を起こした虐殺事件で、中国軍が起こした事件ではない*2。しかし反乱であることは誤魔化され、中国への憎悪を煽る材料となった。
通州事件への視点

 <では発表します>と言って、私が部屋を出ようとすると、この発表を好ましく思っておらなかった橋本参謀長(秀信中佐)は「保安隊とせずに中国人の部隊にしてくれ」との注文だった。勿論、中国人の部隊には違いなかったが、私は、ものわかりのよい橋本さんが、妙なことを心配するものだと思った。

 

―かくして通州事件はあかるみに出たが、新聞は逆に「地獄絵巻」を書き立てて日本の読者を煽りたてた。

日中戦争の発端である盧溝橋事件も、通州事件と構図は大差ない。中国軍の近辺で日本軍が訓練を行った時、行方不明者を出して銃声があったことだけを理由として、日本側が中国側へ攻め込んだものだ*3。かくして「暴支膺懲」という言葉を象徴として、暴れる中国を日本が懲罰するという意識のもと日中戦争は行われた。
自分の望みではないが相手が悪いからという認識で「防衛力」を動かすことの危険性も、歴史から学ぶことができる。そのことに言及していない「リアリズムと防衛を学ぶ」が素直に受容されている様子を見ると、現実主義を自認する無自覚な夢想にこそ懸念をおぼえる。


歴史から広範に見ていけば、特定の事例に対する反例も、奇跡のような偶然も、悪夢のような不運も、たいてい見つけられる。「戦争なんて起こるわけがない」という主張への反例は、せいぜい「戦争なんて起こるわけがない」ことを絶対視した防衛力否定まで。戦争が起きない可能性が高いというような主張まで否定するには力不足だ。
「ありえないなんてありえない」という教訓だけでは、戦争が起こらない可能性、防衛力が暴走する可能性、防衛力が外交をさまたげる可能性、等々の考察を全て否定できるわけがない。それらの考察とは独立して主張される「べき論」を否定することもできない。
考えられる可能性は無数にあるからこそ、価値観も判断基準において重要となる。「リアリズムと防衛を学ぶ」の下記のような主張も、単なる論理の飛躍ではなく、防衛力の整備を重視する価値観をもぐりこませたものと考えるべきだろう。

だから、「戦争が起こらないためにはどうしたらいいか」と考えて外交を行い、あわせて「万一、戦争になっても被害を抑えられるように」と考えて防衛力を整備しておく必要があります。細心の外交で戦争回避に全力を挙げる事と、それが失敗した時に備える事は、本来、矛盾なく両立すべきことがらです。

防衛力は戦争に対する絶対的な保険ですらない。発生する可能性と、それへの対応を考察することは、そもそも別次元の問題。「リアリズムと防衛を学ぶ」で紹介された三つの事例にしても、「戦争なんて起こるわけがない」と思っていた側は「防衛力」を保持していたものばかり。平和の希求を考えるならば、まずは前段階の見込み違いそのものを問題視するべき事例のように思える。
むしろ、先述した日中戦争のように、「失敗した時に備える」ための防衛力が「細心の外交」をさまたげ、「戦争回避に全力を挙げる」ことと全く反対の方向へ働いた事例ともいえる。「本来、矛盾なく両立すべきことがら」と「楽観」することは自由だが、しばしば現実はそれを裏切るものだ。

*1:たとえば、前提のように冒頭で説明している「考えること自体が危険思想である、戦争が好きな軍国主義者だ、という風に非難された時代もありました」という内容からして首をかしげる

*2:国民党軍の宣伝が反乱の一因となったという説はある。

*3:ちなみに行方不明者は無事に戻ってきたし、そもそも銃声は行方不明者を不審に思った中国軍が発砲したものという説がある。