法華狼の日記

他名義は“ほっけ”等。主な話題は、アニメやネットや歴史認識の感想。ときどき著名人は敬称略。

『ローン・サバイバー』

2005年のアフガニスタン。米海軍特殊部隊ネイビー・シールズは、タリバン幹部暗殺作戦を展開していた。
しかし偵察部隊4人が森林で潜伏していたところ、山羊を遊牧している老人1人子供2人と接触してしまった。
作戦失敗と結論づけて遊牧民3人を解放した偵察部隊だが、撤退中にタリバンの猛攻撃にさらされる……


2014年に公開された米国映画。いくつもの選択を偵察部隊がせまられ、レッド・ウィング作戦が崩壊していった実話を、約2時間かけて念入りに描きだす。大枠としては、1993年のソマリアにおける暗殺計画失敗を、2001年に映画化した『ブラックホーク・ダウン』を思いださせる。
製作費は約50億円で、ハリウッドの戦争映画としては低予算らしい*1。実際に物語の大半は山岳地帯を少人数が逃げまどうばかりで、あまり金額を感じない映像がつづく。とはいえ米国でロケした風景は充分に雄大だし、もちろん銃火器のリアリティも高い。軍用機が映るシーンも大半が3DCGで、戦闘どころか待機中もVFXが使われている。さらに終盤の意外な展開から大規模な情景が展開されていく。戦争アクションらしい映像は充実できていた。
しかも、同じピーター・バーグ監督の映画『バトルシップ』では欠点に感じたところが、この作品ではほとんど気にならない*2。今回も戦闘シーンがメリハリなくつづくのだが、勝利ではなく敗走であるため、そのカタルシスのなさがストレス表現としてちょうどいい。実話にもとづく原作があるのと、少人数で山岳地帯を逃げるという状況設定のおかげか、無駄な描写がはさまれず、緊張感がつづいていく。4人の描写が等分なため、誰が物語の主軸かわかりにくいが、それが逆に誰が生き残るのかを予測させない効果を生んでいる。


この作品の映像文法として興味深いのが、上昇する動きは裏目に出て、生きのびるためには下降するしかないことだ。
まず遊牧民を解放する場面からして、偵察部隊は連絡のため山頂へ向かい、遊牧民の少年はすばやく山を降りていく。
偵察部隊はまちがった場所に出てしまうが、そこより高い目的地の山頂にはタリバン部隊が待ちかまえていた。
偵察部隊は転がり落ちるように逃げるが、本隊と通信するために開けた場所に登った者が、途中で戦死する。
本隊の輸送ヘリが支援に来るが、山頂でホバリングしているところを攻撃され、空中で爆発する。
そして最後まで生き残った者は、ようやく美しい水を見つけて飛びこみ、谷底で命をつなぐ。
……ここまで一貫性があると、上下関係の逆転を意図した映像表現と考えたくなる。


そして戦いのなかで偵察部隊は何度も選択をせまられる。偵察のついでにタリバン幹部を狙撃できるか、遭遇した遊牧民タリバンの手先なのか、撤退するために山頂へ向かうべきなのか。
最も究極の選択のような遊牧民の解放だが、これは接触した時点で作戦の失敗は明らかだし、武器を持っていないのに殺してしまえば後で追及されることは確実で、生きたまま解放するのは当然の判断だろう*3。そもそも状況をつくりだした根本は米軍の作戦であり、現場の4人はそれにしいられているだけとも考えられる。
やはり究極の選択といえるのは、ただひとりの生存者を後半で救った現地人のおこないだろう。しかも現地人はその選択を唯一の正答のように堂々とこなす。正義の暗殺を他国で勝手におこなおうとした傲慢が、涼やかに溶かされる。


このように現地人の選択が印象深く、米国の傲慢を自己批判する主題も良かったが、だからこそ結末は蛇足に感じられた。
まず生存者を救うために米軍部隊がくるのだが、やはりメリハリなく大規模な戦闘を展開し、『バトルシップ』ほどではないにしても大味に感じた。この救出作戦を省略すれば、ずっと濃密にまとまった作品になったろう。
さらに全てが終わった後、生存者が救われた理由が字幕で説明されるのだが、そこで現地人とタリバンとの関係がおかしい。現地人はパシュトゥーン人といい、民族の掟にしたがって、助けを求める者は誰でも命をかけて救うという。その2000年以上もつづく掟、パシュトゥーンワーリを守って、タリバンと今も戦っているとつづける。しかし実際はタリバンの主要構成民族もパシュトゥーン人なのだ。
この映画はいくつもの選択肢をつきつけて葛藤させる形式をとりながら、最後に事実を隠してまでタリバンを絶対悪と位置づけ、単純な構図で終えてしまった。もし最後の字幕でタリバンの多くもパシュトゥーン人と説明し、どちらもアフガニスタンの顔なのだと語っていたならば、ずっと印象深い映画になっていただろう。それが残念だ。

*1:とはいえ、映画『野火 Fires on the Plain』を100本つくれそうな金額ではある。

*2:欠点もふくめた感想はこちら。『バトルシップ』 - 法華狼の日記

*3:拘束を解くまでに時間がかかるようなしかけをしておく、といった策を考えられなくもないが、そのような時間はないだろう。ところで、いわば人間レーダーという設定をこの状況から考えたりもした。非戦闘員を四方八方に送って、時間内に戻ってこなかった方向に敵がいるというアイデアだ。しかも敵が非戦闘員を口封じして証拠隠滅する時間をかけるなら、一石二鳥になるわけである。