法華狼の日記

他名義は“ほっけ”等。主な話題は、アニメやネットや歴史認識の感想。ときどき著名人は敬称略。

『トンマッコルへようこそ』

1950年代の朝鮮半島で、人民軍と韓国軍が激しい戦闘をつづけていた。そしてとある山奥の村に両軍の小部隊が迷いこみ、一触即発の状態になる。
しかし武器を向けあう兵士を横目に、村人たちはいつもどおり平和な日常をおくろうとしていた……


2006年に日本公開された韓国映画で、原作は同名の舞台劇。舞台は2016年に日本でも上演された。
http://napposunited.com/archives/532

トンマッコルへようこそ』は2002年、ソウルで初演。
2005年には韓国で映画化され、6人に1人が見たという大ヒットになりました。
彼らが笑顔で写っているのはなぜなのか?
村人と戦時下の兵士たちの、今こそ忘れてはならない、心に染み入る物語。

ジャンルとしては戦争映画というよりも人情喜劇か*1。トンマッコルという架空の地域を舞台に、墜落した米軍パイロットと、北朝鮮と韓国の兵士たちが奇妙な同居生活をおくるという寓話だ。2時間以上かけて、シリアスな戦争をコメディで笑い飛ばしていく。
特に前半は良くて、いかにも韓国映画らしい泥臭い地上戦が必要充分に描けているからこそ、それを無視するトンマッコルの住民との対比が笑える。不規則遭遇して近接距離から銃口を向けあう両軍兵士は、緊迫感がありつつもコントと紙一重で、実際に『8時だョ!全員集合』のような顛末をむかえる。
兵士では最も善良そうな米軍パイロットが、負傷してうまく走れないからこそ危険な生物に追い回されるという、コントラストを活用した天丼ギャグもいい。韓国映画のギャグは必ずしも好きではないが、この作品は緊張と弛緩のテンポが良くて、韓国文化が前提になっていないから、けっこう素直に笑うことができた。


しかしながら、前半と後半のつながりが悪いことは難。寓話的喜劇の良さが消えて、よくある娯楽的悲劇として終わってしまった。
まず、理想郷での共同生活で和解しつつあった関係が、押しよせる戦争によって破綻する落差を見せたいまではわかる。無垢な理想郷に見えたトンマッコルの魔法が解けて、ただ状況を認識できないだけの無知な田舎と露呈した悲しさは印象的ではあった。
しかしトンマッコルに押しよせる戦争の規模が小さくて、それで魔法が解ける展開には御都合主義が感じられた。たまたま部隊の指揮官が強硬な態度をとる人格だったため、トンマッコルの平和な雰囲気を無視して行動したわけだが……それはつまり映画の前半で両軍が和解できたのも、それぞれの指揮官の人格のたまものでしかないという解釈を許してしまう。
仮に、個人の人格が戦争という状況によって塗りつぶされる寓話というなら、それはそれでもいい。しかしそれならば塗りつぶす側が個人の心情で動いているかのように見せてはなるまい。押しよせてきた部隊の指揮官が個人として穏健な態度をとっても、トンマッコルが戦争に巻きこまれていく結末は変えずにすむはずだ。
そして終盤、トンマッコルを救うための両軍部隊が行動が自己犠牲的に描かれたことも納得がいかない。中盤までに描かれた戦争との距離感からすると、両軍部隊は誰も犠牲者を出さないことを目指すべきだろうし、実際におこなわれた作戦は特に犠牲者を出さずにすみそうだ。
後半の展開はシリアスになっているはずなのに、コメディだった前半より戦闘のリアリティが欠けているのも難。劇中の状況と比べて爆発の規模が小さく、敵との距離も不自然に近すぎる。映画内容にVFX技術が追いついていないなら、もっとカメラを引いて物語の結末は暗示にとどめてもよかった。


全体としては、期待しすぎなければ悪い作品ではないが、前半で好ましく思った要素が後半で消えていったことが残念。
美しい夢想を醜い現実でぬりつぶす物語も嫌いではないが、その“現実”が“夢想”にリアリティで劣っていては効果がない。

*1:ちなみに、2016年の戦争映画ベストテン投票では、44位と意外に高順位に入っている。投票理由をざっと見た印象では、戦争映画とは異なる娯楽要素が大きいからこそ、戦争映画を好まない観客層にも響いていたおかげで票を集めたようだ。2016-12-18