法華狼の日記

他名義は“ほっけ”等。主な話題は、アニメやネットや歴史認識の感想。ときどき著名人は敬称略。

『劇場版 マクロスF 虚空歌姫〜イツワリノウタヒメ〜』

近くて遠い未来に、地球を離れて安住の星を探す無数の移民船団があった。そのひとつマクロス・フロンティアに、別船団マクロス・ギャラクシーからシェリルという人気歌手がおとずれる。
その歌姫のライブで仕事をしたパイロット候補生のアルト。その歌姫にあこがれるアイドル志望のランカ。3人の出会いに合わせて、昆虫型宇宙生物バジュラが移民船団を襲う。
それぞれの戦いに3人が向きあおうと進みはじめた時、シェリルはギャラクシーのスパイだという容疑がかけられる……


2008年のTVアニメ『マクロスFRONTIER』のクライマックス直前までを約120分で再構成し、2009年に公開された。後述するが、TV版からの大きな改変点はスパイ容疑ひとつだけ。
macrossf.com -  リソースおよび情報
もともとは総集編の予定だったが、最終的に新規作画は7割を超えたという。しかしTV版が半年をとおして高いクオリティだったため、劇場版らしい映像面の大きな向上は感じられなかった。メカニック描写は3DCG中心であること、無理せず作画の起伏を許容すること、といったTV版の方針を劇場版でもつづけたことで、むしろ近年のアニメ映画としては作画が弱いくらい。
メカ戦闘はTV版の導入がほとんど完璧だったこともあり*1、それをトレースした前半に驚きはない。終盤の戦闘もTV版の見せ場をひとまとめしたようなつくりで、3DCGと遜色ない緻密な手描き作画があったくらいしか印象に残らない。
新しい見せ場といえば、新曲と新映像による序盤中盤終盤のライブ。序盤はTV版では難しそうなエロティックな表現と3DCGの舞台装置が、中盤のランカのCMソングは各アニメーターの個性的な作画が楽しめた。終盤は、歌の爽快感を戦闘の爽快感と区別しようとする慎重さが感じられ、娯楽としてはともかく好感を持てた。


意外と良かったのは、わずかな違いで物語の要素を連鎖的に崩して組みなおす、再構成の手法だ。
まずTV版では第7話から第8話にかけて、バジュラに襲われたギャラクシーを救援する戦闘が前半の山場になっていた。それは今回の劇場版でもクライマックスに位置づけられている。しかしギャラクシーが陰謀をめぐらしていたTV版の展開や、暗躍していた黒幕の正体と能力について、少なくない観客が知っているわけだ。
また、TV版では時間をかけてアルトとシェリルの距離を縮めていき、芸能人としてランカが羽ばたいていく姿を描いていった。しかし120分で同じ展開をつめこんでも説得力を出しにくいだろうし、できても描写ではなく説明におちいりがち。
そこでシェリルのスパイ容疑という、たったひとつの改変点が意味をなしてくる。その捜査や逮捕をとおして、ギャラクシーが陰謀をくわだてているという情報を、中盤からキャラクターが共有する。黒幕が能力をTV版より早く明かしても、スパイ容疑で生まれたサスペンスな雰囲気になじむ。そしてギャラクシーの陰謀を知りながら、シェリルの言葉を信じて救援しにいくという、よりクライマックスらしい葛藤の解消へとつながった。
アルトとシェリルが距離を縮める早さも、スパイゆえ意図的に近づいたという説明がなされる。実際は違っているのだが、観ている時に無駄な違和感を持たずに、TV版から少し変化した三角関係の行方を楽しむことができた。
おまけに人気歌手がスパイという設定の派手さも、マタ・ハリ李香蘭といった史実の芸能スパイに言及することで、観客の疑問を回避する。さらに芸能スパイのひとりとして『マクロスプラス』のシャロン・アップルに言及し、シリーズ過去作品が劇中で歴史になっていることを印象づけた。
この改変点を河森正治監督が提案するとスタッフは賛否両論だったそうだが、実際に見ると他に考えられないほどおさまりがいい。

*1:無料配信映像で見る、ロボットアニメの第1話傑作選 - 法華狼の日記でロボットアニメ第1話に求めたことを、高いレベルで達成していた。