法華狼の日記

他名義は“ほっけ”等。主な話題は、アニメやネットや歴史認識の感想。ときどき著名人は敬称略。

陰謀論を認めさせたい人たち

大屋雄裕教授*1が、特定秘密保護法案を強行採決した動きについて、具体性も根拠もない背景を想像していた。大丈夫なのか。

何らかの陰謀の可能性を考慮にいれるべきという考えだけならば、一理はあるかもしれない。たしかに歴史をふりかえれば陰謀が実在した例も複数ある。しかし、権力へ全権委任するような方向性で陰謀論をたくましくしている人物が、権力を監視しつづけることができるとは期待できない。
それに陰謀論をたくましくして擁護した対象が、国家の情報を秘匿する法案なのは、いったい何の冗談だろう。陰謀などないと示すためにこそ、情報は可能な限り公開されるべきだし、公開が難しい資料でも保存されなければならないのではないのか。
だいたい陰謀論を展開した直後に、下記のツイートを投下しているというのは、大丈夫なのか。


一方、私のエントリに対する直接の返答として、ブログエントリが書かれていたのだが。
認められない人たち - おおやにき
しかし、「政治主導とやらが少数派の意見や権利を守るという観点から見た場合に極めて大きな危険性を秘めていることについてはそろそろ理解していただきたい」という大屋教授の一年半前の主張について、説明している部分が見当らない。それが説明されなければ、多数決が民主制だというような主張だけくりかえされても、私の疑問に対する回答とはならない。
最初に言及したエントリではタイトルにも引用していたのに、読み落としているのだろうか。
「少数派の意見や権利を守る」「少数派に意見表明の機会を与えたら淡々と採決すればいい」どっちだよ - 法華狼の日記

附則(後) - おおやにき*2

ところで私としては、こないだの著作権法改正案(ダウンロード犯罪化部分)にせよ今回の案件にせよ議員提出法案であることに注意を促したいわけであって、なにも官僚内閣制の方が優れていたと認めろとまで言うつもりはないが政治主導とやらが少数派の意見や権利を守るという観点から見た場合に極めて大きな危険性を秘めていることについてはそろそろ理解していただきたいとは思っている。法的な適切性について立法府より行政府の人々のほうがまともな感覚を持っているというあたりに、日本における民主政のなにやらが透けて見えるようではあるのだが。

上記は2012年の夏、民主党政権時のブログエントリ。

引用したとおり、大屋教授自身も太字強調して書いているのに、それも読み落としているのだろうか。
さらに石破幹事長発言に対する主張にいたっては、本気なのか疑わざるをえない。

仮に「デモ」に集まった人々が議会の物理的な封鎖によって議決を不可能にすることを目的にしていたり、あるいは多数派議員に暴力を振るうことで恐怖状態に陥れ・少数派の実力行使に抵抗できない状態を実現しようとしているのであれば、それは少なくともデモクラシーに反する行為であるし、後者に至ってはテロルそのものだということになろう。その意味で、説得や意見表明を離れたデモにテロに似たところがあるという石破幹事長発言には一定の正当性があるということになる。

実際の文章を読めばわかるはずだが、石破茂幹事長の主観においてすら「単なる絶叫戦術」としか書いていなかった。否定する根拠は「多くの人々の静穏を妨げる」といった音量の感想のみ。
http://www.asahi.com/articles/TKY201311300290.html

 自民党石破茂幹事長が、自身のブログで特定秘密保護法案への反対デモを批判した部分は次の通り。

 今も議員会館の外では「特定機密保護法絶対阻止!」を叫ぶ大音量が鳴り響いています。いかなる勢力なのか知る由もありませんが、左右どのような主張であっても、ただひたすら己の主張を絶叫し、多くの人々の静穏を妨げるような行為は決して世論の共感を呼ぶことはないでしょう。

 主義主張を実現したければ、民主主義に従って理解者を一人でも増やし、支持の輪を広げるべきなのであって、単なる絶叫戦術はテロ行為とその本質においてあまり変わらないように思われます。

「ひたすら己の主張を絶叫」しているのに、どうすれば「説得や意見表明を離れた」という解釈になるのだろうか。大屋教授にとって、「主張」は「意見」ではないのだろうか。
それとも、この石破幹事長の主張すらも「理由があったのかもしれません」などと認めてあげなければならないのだろうか。

*1:ツイッターアカウントは[twitter:@takehiroohya]。

*2:強調原文ママ