法華狼の日記

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従軍慰安婦証言を否定しても河野談話をゆるがすことはできないことが、検証報告書で明らかにされた

以前から、あやふやな証言だけを根拠にして談話が出たという非難がされている河野談話
実際は膨大な文書資料と、各関係者の調査の結論として出されたものだ。
河野談話を検証してはならない、それは「悪いことをしましたが謝るべきかわかりません」と主張するようなものだ - 法華狼の日記
そして6月20日に発表された検証報告書PDFファイルの9頁目*1を見ると、証言非難の根底をくつがえすような記述があった。
http://www.mofa.go.jp/mofaj/files/000042168.pdf

(7)聞き取り調査の位置づけについては,事実究明よりも,それまでの経緯も踏まえた一過程として当事者から日本政府が聞き取りを行うことで,日本政府の真相究明に関する真摯な姿勢を示すこと,元慰安婦に寄り添い,その気持ちを深く理解することにその意図があったこともあり,同結果について,事後の裏付け調査や他の証言との比較は行われなかった。聞き取り調査とその直後に発出される河野談話との関係については,聞き取り調査が行われる前から追加調査結果もほぼまとまっており,聞き取り調査終了前に既に談話の原案が作成されていた(下記5参照)。

事実究明の証拠としてではなく、真摯な姿勢を示すことと、被害者の気持ちを理解する意図で、聞き取り調査がおこなわれたのだという。
つまり、わざわざ裏付け調査を必要とするほど重視されていなかったし、その時点で他の追加調査結果がまとまっていたので新しく裏付けする意味もなかったということだろう。
検討チームに入っている歴史学者秦郁彦氏だけというのは、いささか検証の偏向があからさまな感がある。それでも、河野談話の事実確認を根底からゆるがすようなことは見つけられなかったわけだ。


ただし、検証報告書を全肯定することも難しい。この報告書は根拠がほとんど明示されておらず、河野談話に比べても透明性や信頼性が落ちると評さざるをえない。
さらに細部を見ていけば、過去の日本政府のふるまいを肯定していることで一貫し、「誠意」が韓国に伝わらなかったと主張している表現ばかり。戦後の日本政府を弁護する報告書とはいえるだろう。
日本のメディアといえば朝日新聞の軍関与報道が名指しされているくらいで、それにより「韓国国内における対日批判が過熱した」と韓国の話題につなげている。韓国のメディアについては18頁で下記のように書かれているが、前後の日本側にあった否認や非難の動きは全くといっていいほど書かれていない。

 これに対し、韓国のメディアは「基金」事業を非難し,被害者団体等による元慰安婦7人や新たに「基金」事業に申請しようとする元慰安婦に対するハラスメントが始まった。被害者団体は,元慰安婦7人の実名を対外的に言及した他,本人に電話をかけ「民間基金」からのカネを受け取ることは,自ら「売春婦」であったことを認める行為であるとして非難した。また,その後に,新たに「基金」事業の受け入れを表明した元慰安婦に対しては,関係者が家にまで来て「日本の汚いカネ」を受け取らないよう迫った。

補償や対価を要求する元慰安婦に対して、自由意思の売春婦とみなして犠牲者非難する言説が、はたして過去から現在まで日本に存在しなかったといえるだろうか。


全体としても、国家間の争点としてのみとらえようとし、被害者の意向が無視されているように感じられる。
基金より前の1993年から1994年にかけて日韓政府で協議したという14〜15頁においては、被害者や支援団体が補償を求めつつも、韓国世論は日本政府への要求をやめようという意見が多くなっていると語られている。しかし結論部の21頁を見ると、アジア女性基金のまとめとして下記のように書かれていた。

(2)フィリピン,インドネシアやオランダでの「基金」事業では,相手国政府や関連団体等からの理解や肯定的な評価の下で実施できたところ,韓国では,韓国国内における事情や日韓関係に大きく影響を受け,同政府や国民からの理解は得られなかったものの,「基金」事業を受け取った元慰安婦からは,日本政府から,私たちが生きているうちに,このような総理の謝罪やお金が出るとは思いませんでした,日本のみなさんの気持ちであることもよく分かりました,大変有り難うございます,とするお礼の言葉が寄せられた。
(3)また,一部の元慰安婦は,手術を受けるためにお金が必要だということで,「基金」を受け入れることを決めたが,当初は「基金」の関係者に会うことも嫌だという態度をとっていたものの,「基金」代表が総理の手紙,理事長の手紙を朗読すると,声をあげて泣き出し,「基金」代表と抱き合って泣き続けた,日本政府と国民のお詫びと償いの気持ちを受け止めていただいた,との報告もなされており,韓国国内状況とは裏腹に,元慰安婦からの評価を得た。

結論部で「元慰安婦」という言葉が出てくるのは、韓国内で基金の支援を受け取った被害者へ言及する場面のみ。まるで基金を批判した「元慰安婦」が存在しないかのようだ。もしくは、基金を評価する被害者だけを「元慰安婦」として認定したいかのようだ。
もっとも、韓国政府が態度を硬化させたのは支援団体や世論に影響されたためという認識は、以前からアジア女性基金が主張していることだ。報告書で新しいといえるのは、元慰安婦の多様性が表現されていないことくらい。
各国・地域における償い事業の内容-韓国 慰安婦問題とアジア女性基金

韓国政府はアジア女性基金の設立に対しては、当初積極的な評価を下しましたが、やがて否定的な評価に変わりました。被害者を支援するNGOである韓国挺身隊問題対策協議会(略称:「挺対協」)が強力な反対運動を展開し、マスコミも批判すると、政府の態度も影響を受けました。基金に対する元「慰安婦」の方々の態度は、さまざまです。アジア女性基金を批判し拒否する考えの方々もいますが、不満はもつものの、受けとるという態度の方々もいました。受けとるという考えを公然と表明したため、批判や圧力を受けた方もおり、その中にはやむをえずアジア女性基金拒否を再声明した人も出ました。

歴史問題に限らず、補償や賠償において被害者や支援者に意見の相違があることは自然で、しばしば分断をまねく。その問題に注意がはらわれていない。


説明していないことや、おかしな表現があるのは、ここだけではない。
先に引用した「韓国国内における対日批判」という部分にしても、非難の意思がないならば「過熱」という表現はさけるべきだろう。これ以外にも、打診に対して韓国政府から「勘弁してほしいとの反応が示された」と20頁に書かれていたり、日本政府以外の行動は露骨にくだけた表現が使われている。
「強制連行」については資料が見つからないとだけ主張し、官房長官の独断であったかのように産経新聞が解釈した記事を出している*2。実際は朝鮮半島における事例が見つけられないだけで、オランダから資料が提供されていたことを報告書では解説していない。アジア女性基金にからんでは複数国家へ言及しているのに、強制連行の解説においては韓国との関係にしぼることで、意図的にか無能ゆえか誤解をまねいたのだ。


新情報はほとんどなく、過去よりも日本政府の誠意を強調し、相手国や支援団体への非難が増している。
そして外務省はなぜか対外的に韓国語版ではなく英語版をあげている。

これはいったい何のための「検証」なのだろうか。

*1:以降、頁のみ記載されている場合、この報告書PDFファイルのものを指す。

*2:http://sankei.jp.msn.com/politics/news/140621/plc14062100540013-n1.htm