法華狼の日記

他名義は“ほっけ”等。主な話題は、アニメやネットや歴史認識の感想。ときどき著名人は敬称略。

今年も色々あった

しかし大晦日ドラえもんSPはなし。1月3日の早朝に映画『のび太の恐竜2006』他を放映する予定だが、いささか力を抜いているといわざるをえない。いくつかオリジナルで面白い作品があった年なので、2010年の『ドラえもん』全体には満足しているが。


アニメ全体をふりかえってみると、原作物の良作が集中した前半と、オリジナル性の高い傑作が集中した後半といった感覚がある。もちろん、前半を見てもファンの声が強い漫画を原作としながらアニメオリジナル展開で見事に完結させた『黒執事II』があり、後半でも『おとめ妖怪ざくろ』のような原作物アニメの佳作があったが。
本来なら前半でオリジナルアニメを牽引する枠として作られた「アニメノチカラ」が成功するべきだったのだが、うまくかみあわなかった感じがある。


「WEBアニメスタイル」の記事にもあるが、訃報の多さも驚いた。
http://www.style.fm/as/02_topics/top_2010_news.shtml
高齢のアニメ関係者が亡くなるのならば、アニメ業界が大発展して関係者が増えた世代の人々が高齢になったからと理由づけでき、まだしも理解できる。
しかし未来ある若手の監督が2人も亡くなられたことには、両者の作品が好きということもあって残念でしかたなかった。
むろん新たな才能の登場もあり、問題をかかえる業界を立て直す動きもそこここで見られるし、アニメの発展は信じておきたいところ。


ここで全くの個人的な話をすると、前世紀終盤に存在したテレビ東京以外の深夜アニメ枠で積極的にCMを流していた、新興の古本屋チェーンが市街地中央から撤退した上、ついに2010年末で閉店したことに時代の流れを感じた。
ノスタルジイだけではなく、新古書店の勢力拡大を示すとともに、現在の深夜アニメ枠でまともなCMが流れない田舎の不景気ぶりを実感として裏づける。
そんな時、朝日新聞において社会から分断され無力化された個々人を追う「孤族の国」を読み、特に目前の問題から目をそらすため排外主義を選択してしまった人物に感じるところがあった。
http://d.hatena.ne.jp/vanacoral/20101230

仇敵と言うべき朝日新聞に対して、自身の過去及びプライバシーを明らかにする事自体、bureno氏が現実に目を向けはじめた兆しなのかも知れません。

衣食足りることで過去をふりかえる余裕ができたのではなく、未来が完全に閉ざされたことで過去をふりかえるしかなくなった、などということを考えてしまう。
たとえ同情できない悪事を重ねた相手でも、いや、だからこそ救済はなされなければならない。追いつめられた人間ゆえに、正しい選択肢に気づけない、そもそも正しい選択肢を与えられないということもあるのだから。全く他人事ではなく、そう思った。
2011年は、もっと読んでて楽しくなる日記も書いていきたいかな。