法華狼の日記

他名義は“ほっけ”等。主な話題は、アニメやネットや歴史認識の感想。ときどき著名人は敬称略。

永遠センチメンタル

原爆被爆者対策基本問題懇談会(基本懇)議事録の内容を東京新聞が報じた。
http://www.tokyo-np.co.jp/article/national/news/CK2010080102000036.html

 意見聴取では、母親の胎内で被爆した原爆小頭症の女性の人生を語った被爆者が帰った後、「センチメンタルなものを長々と読み、時間を浪費した」と酷評。半面、橋本龍太郎厚相(当時)を招いて議論の方向性を確かめるなど、政府への配慮は手厚かった。

 「ひどい」「政府の言いなりだ」。基本懇の内幕に、被爆者は憤りを隠さない。

 長崎で被爆し、基本懇当時に日本原水爆被害者団体協議会(被団協)の事務局次長だった吉田一人さん(78)はあきれる。被爆体験を「センチメンタル」と評された部分を「あれだけの被害を受け、感情的になるのは当たり前。被害の実態や本質を受け止める姿勢がない」と批判する。

この日本という国では、原爆被害者の「声高」*1な訴えになかなか耳を貸そうとはしない。声を上げることができない者、いわゆる「サバルタン」の声を勝手に代弁することで、その正当性を奪い利用することはあったとしても*2
その「声高」が忌避される理由が、「センチメンタル」な感情であり、理性のそれでないためというなら、東京新聞も批判している「受忍論」は何だというのだろうか。

 「原爆放射能による健康上の被害は、国民が等しく受忍しなければならない戦争による『一般の犠牲』を超えた『特別の犠牲』…」

 一九八〇年七月、厚生省の会議室で開かれた第十回会合。事務局が朗読する「たたき台」の中で「受忍論」は姿を現した。

 一見、被爆者を救済する表現だが、東京大空襲など「一般の犠牲」の受忍を強要。それとのバランスを盾に、被爆者の救済も生存者の放射線障害に限定した。しかし、委員は誰も反応しなかった。

 しばらくして「こういうのもあります」と事務局は別の資料を出した。基本懇設置のきっかけになった韓国人被爆者の最高裁判決(七八年)に対抗するように、カナダで財産を接収された引き揚げ者が起こした訴訟の最高裁判決(六八年)を読んだ。「戦争犠牲または戦争災害として国民が等しく受忍しなければならなかった…」

原爆被害者以外「一般の犠牲」に強要され、ひるがえって原爆被害者への救済も安く見積もらせる理由の「受忍論」が「センチメンタル」でなくて何だというのだろう。
原爆被害者からの聞き取りに数年かけたわけでもないだろうに「長々と読み、時間を浪費した」と評するが、受忍を強要してきた年月はその比であるまい。あえていえば証言を聞かされるだけの瞬間センチメンタルすら拒否するのであれば、「受忍論」なる永遠センチメンタルを戦争被害者が受け入れなければならない道理もない。


そもそも「国民が等しく受忍しなければならなかった」と語る主体はどこにある。その契約はどこでかわされた。
歴史をひもといてみれば、受忍論の本質は敗戦決定の直後から強要されている。
終戦の詔勅(玉音放送)全文 ネット虫 - 九条バトル !! (憲法問題のみならず、人間的なテーマならなんでも大歓迎!!)*3

世界の大勢、亦我に利あらず、加之敵は新に残虐なる爆弾を使用して頻りに無辜を殺傷し惨害の及ぶ所、真に測るべからざるに至る。

然れども、朕は時運の趨く所、堪へ難きを堪へ、忍ひ難きを忍ひ、以て万世の為に太平を開かむと欲す。

爾臣民其れ克く朕が意を体せよ。

この臣民に対する受忍の要請は今なお語られ、時に感動を引き起こし*4、当時の日本国民が感涙した理由がわかると評されてきた*5。戦争を終結に導いた平和主義者と昭和天皇を評する行為は、玉音放送を受忍論として永遠に機能させ続ける。
もちろん、この受忍論に対して反発する臣民も古くから存在し続けている。端的に指摘するなら、天皇の語る「臣民」には、『はだしのゲン』作者の中沢啓治氏も、併合された植民地の人々もふくまれているのだ。
臣民と呼ばれた人々の全てが耐えがたきを耐えなければならない道理はない。一方的に述べられただけで契約がかわされたことにはならないはずだから*6

*1:これは『原爆文学という問題領域』の提示した問題意識にそった表現。

*2:マンガ『はだしのゲン』を対外的な原爆批判としてのみ利用する政治行動もその一つではないだろうか。核拡散防止条約(NPT)運用検討会議第一回準備委員会で配布された時、自由主義史観研究会が『はだしのゲン』を「反日自虐マンガ」と評し、当時の麻生太郎外務大臣を批判していたことが逆説的に証明している。http://www.jiyuushikan.org/tokushu/tokushu3_minaki1.html

*3:引用元に全文および口語訳例あり。WEB上には全文がいくつもあるが、新字体による読みやすさを考慮し、このページを選んだ。

*4:http://d.hatena.ne.jp/Chikirin/20080815「声出して読んでると涙が出ます。感動して思わず右翼になっちゃいそーだよ。」

*5:http://d.hatena.ne.jp/lovelovedog/20050819/p4「なんでこれを聞いて日本国民が泣いたのか、もう少しよくわかるように「現代語訳」を載せてみます。」

*6:ちなみに今回のエントリは、アニメ『鋼の錬金術師』4期ED主題歌から想起したものだったりする。http://music.goo.ne.jp/lyric/LYRUTND88132/index.htmlセンチメンタルな言葉は瞬間に発せられるからこそ、長々と強要されてきた偽りの契約を切り裂くのではないか。「時間を浪費した」と評されるセンチメンタルな言葉は感情を率直に述べているからこそ、ていねいに説明すればさらに大きな抑圧が語られることを示している。