法華狼の日記

他名義は“ほっけ”等。主な話題は、アニメやネットや歴史認識の感想。ときどき著名人は敬称略。

『地獄の門』

 墓地で首を吊る神父がいた。その町の名はダンウィッチ。一方、ニューヨークでおこなわれていた交霊会で、ひとりの女性がダンウィッチの異変を幻視しながら急死する。交霊会に前科のある人間がいたことから警察は薬物を疑うが、現場の部屋で何もないところから炎があがる。そして急死したはずの女性が棺のなかで目ざめた……


 ルチオ・フルチ監督による1980年の伊映画。『サンゲリア』などの悪趣味スプラッターを多く手がけてカルトな人気があるフルチ作品だが、これが初視聴。

 当時の低予算作品としては特殊メイクやアナログ特撮の質は高め。映像特典によるとスタッフは後に『ラストエンペラー』や07年版の『007 カジノ・ロワイヤル*1に参加しているらしい。


 内容はラヴクラフト作品を意識したようなオカルトホラーだが、ゾンビ映画の流れをくんでいるためか恐怖描写は全体的に即物的で物理的。合成の予算がないのか、よみがえった死体の幻覚のような描写も物理的な存在のように撮影され、この世のものではない雰囲気は照明やフィルムの停止による出没で作り出している。よみがえった死体の攻撃も、ショック死もあるが、生者の頭蓋を握力ではがして脳をひきずりだしたりする。異変の表現として実物の蟲を大量につかった撮影が珍しい。
 しかし早すぎた埋葬ネタで棺を開けるためふるったツルハシが女性に突き刺さりそうになったり、男に娘がせまられたと思った父親が男の頭部をドリルでつらぬいたり、オカルティックな本筋と関係ないショックシーンが多い。観客が飽きないよう見せ場を散らすのは良いが、約1時間半しか尺がないのに、こきざみにおとずれる本筋のショックシーンとウェイトが変わらないため、とっちらかった印象をつくりだしている。
 尺の短さは雰囲気づくりの描写の足りなさにもつながっていて、地図にない町ダンウィッチはジャーナリストと聞き込みする描写が少しあるだけで、すぐに知っている人間にたどりつき、障害もなく移動してしまう。ただの無名な町と大差ない。
 最終的に墓地から洞窟のような地獄めぐりになる。B級やC級のホラー映画としては予算なりだが、よみがえった死者が画面に5~6人くらいしか映らないので、中川信夫『地獄』*2ほどのスケールは感じられない。地獄そのものを描写した作品と、ひとりの神父の死で地獄の門が開きかけた作品とでは、もともと描くべきスケールが異なることはわかるものの……


 しかし色々と文句を書いたが、たしかに愛好家がいることも理解はできる珍品ホラーとしての楽しさはあった。
 ダッチワイフらしき風船人形のような必要性のよくわからない描写の多さも、キッチュな魅力を生んでいる。