法華狼の日記

他名義は“ほっけ”等。主な話題は、アニメやネットや歴史認識の感想。ときどき著名人は敬称略。

『弁護人』

民主化の激動にゆれる韓国。高卒で司法試験に合格したソンウソクは、判事から弁護士へと転身。家族をやしなうため、弁護士にも解禁された不動産登記の仕事で成功する。
気前が良くなったウソクは、ツケをためていた食堂へ足しげく通うようになる。しかしその食堂の息子との衝突から、ひとつの冤罪事件の渦中へ飛び込むことに……


2013年の韓国映画ノムヒョン元大統領の弁護士時代をモデルに、ひとりの人権派弁護士が誕生するまでをソンガンホ*1が熱演する。
弁護人

弁護人 [DVD]

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軍事独裁政権を批判する内容を、保守的なパククネ政権下で制作し、政府のブラックリストに入っていたソンガンホが主演。完成から公開までこぎつけたこと自体に韓国映画界の力を感じる。
それでいて、映画そのものはオーソドックスな社会派リーガルサスペンスにとどめている。ていねいに1980年代らしい情景を低予算なりに再現しつつ、美化が鼻につかないようウソクの愚かさを前半でたっぷり描く。経済状況の良さに浮かれるコメディタッチな成功劇の隙間から、光に隠された社会問題が少しずつ漏れだしていく。
同じソンガンホ主演の『タクシー運転手 約束は海を越えて』*2がそうだったように、視点人物が当初は民主化運動と距離があり、一種の反感すらいだいていることで、外国の観客としても物語に没入しやすい。


しかも映画は、守銭奴な主人公が民主化運動にのめりこむまでの時間だけを切りとり、政治家への転身や民主化の達成までは描かない。
最終的にウソクは情熱的な人権派弁護士となるが、それはひとつの挫折の結果であり、ハードボイルドでドライな雰囲気がただよっている。
モデルとなった釜林事件が映画公開後の2014年にようやく再審無罪となった*3こともあろうが、あくまで冤罪にかかわることで変化した個人のドラマとして完成していた。


もちろん低予算でも現代の韓国映画らしく、拷問の痕跡は痛々しく、想像される光景はいっそう痛々しい。短いながら悪くないアクション演出もある。
興味深かったのが、読書会で共産主義の流布を目的としていた証拠として、E.H.カーの『歴史とは何か』を検察側が示してきたこと。

歴史とは何か (岩波新書)

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たしかにE.H.カーは西欧においては親共産主義的な位置づけがされがちな歴史家ではあるが、検察側はソ連にいた人物であることを証拠としてあげる。
そこでウソクはE.H.カーはもともと外交官でそのためソ連にいたのであり、けして危険な思想家ではないという評価をイギリス外務省からとりつける。
日本の観客として、『昆虫の社会』が戦時中の公権力によって社会主義視された逸話*4を思い出し、時系列を無視した陰謀論で大学を追われた植村隆氏の現在*5を思い返した。

*1:主人公の名前は、この主演俳優とヤン・ウソク監督の名前をあわせたものだという。ソン・ガンホ独占インタビュー「なぜ私は韓国元大統領を演じたか」(ソン・ガンホ) | 現代ビジネス | 講談社(1/2)

*2:こうなるとソンガンホひとりで韓国近現代の激動を描けそうな気がしてきた。『タクシー運転手 約束は海を越えて』 - 法華狼の日記

*3:‘弁護人’33年ぶり 勝訴…‘釜林(プリム)事件’被害者‘無罪’ : 政治•社会 : hankyoreh japan

*4:はっきり史実と断言できるだけの根拠は思い出せない。

*5:『真実 私は「捏造記者」ではない』植村隆著 - 法華狼の日記