前回に続いて、南京事件にも関連する項目をいくつか。
項目201「核兵器による死者は、これまでに何人いましたか?」という問いに対して、「広島の死者は六万四〇〇〇人(広島市の資料では一四万人)、長崎の死者は三万九〇〇〇人(長崎市の資料では七万四〇〇〇人)」と答えられている*1。この本の資料と、各市の資料で、死者数に2倍以上の開きがある。この書籍はけして米国をことさら持ち上げる内容ではないのに、だ。南京大虐殺における被害者となった死者数が国ごとで違う主張をしている件を思い出す。
「戦闘中に体験すること」という章で書かれているのは、主に兵士となった人間がおぼえる心理的な衝動についてだ。特に、項目256以降は『戦争の心理学』で取り上げられたような、人を戦闘で殺す時の心理的な抵抗、受容についてまとめられている。
項目223では生物兵器の歴史的使用について書かれ、18世紀に天然痘患者の毛布を先住民に与えた有名な逸話に加え、第二次大戦で日本軍機がペスト菌を植えつけた米・麦・木綿・紙を中国湖南省常徳に投下して700人を殺したことや、満州の井戸千個所以上を腸チフス・コレラ・赤痢で汚染したと非難されていることまで書かれている。ローデシア内戦でのゲリラ支配地への炭素菌投下についても言及されている。
項目298では撃ってはならない相手について書かれている。「民間人に加え、捕虜、従軍聖職者、軍医や衛生兵、難破した艦船の乗船員や損壊した航空機から脱出した乗員など戦闘からはずれた兵士も撃ってはならない。」
項目300では、しかし「民間人を殺すのは、なんとしても避けるべきでしょうか?」という問いに対し、「いや。正当なターゲットを攻撃している最中に、民間人に死傷者を出すこともありうる。民間人を人間の盾にしている敵を撃たなければならないこともある。」と答えている。直後に「ただし、民間人は戦闘員ではなく、敵対行為に関与して脅威となっているのでないかぎり、合法的なターゲットではない。」と注意されてはいるが、少々納得できない答えかたではある。
項目302は戦争犯罪について書かれた部分の白眉ともいえる。「民間人を殺すようにという上官の命令に逆らうことはできますか?」という問いに、デイヴ・グロスマン退役陸軍中佐の書いた内容を、こう引いている。
「カリー中尉がソンミ村ミライ地区で女性や子供たちを殺すよう最初に部下に命じたとき、“こいつらをどうすればいいか、わかっているな”と言ってその場を去った。戻ってくると、こう訊いた。“どうして殺さなかった”言われた兵士はこう答えた。“中尉が殺すように求められたとは思いませんでした”“いや。殺すように求めている”と答えて、カリーは村人をみずから撃ち始めた。兵士たちが殺すのにきわめて強い抵抗を示していたその特別な状況のもと、カリーはみずから手を下してようやく部下に発砲させることができた」
有名なソンミ事件についてだ。最初の命令では、直接的に殺せと命じていないことにも注意。ある程度の問題を自覚している命令を出す時に、間接的な言葉を用いる一例だ。従軍慰安婦等に対し、直接的な言葉でなければ命令や強制ではないと主張する人々はどう思うだろうか。
項目355では、レイプが戦争犯罪として認められた時期の遅さが指摘される。レイプが人間性に対する犯罪と宣言されたのは、1993年……そう、従軍慰安婦問題に対し、日本政府が認識と謝罪の方向へ転換した時期に重なる。いわゆる河野談話だ。談話は、少数国家の圧力によって無理やり頭を下げさせられた局所的事象ではない。世界の、現在のあり方に繋がるだけの価値があったと思うのだ。
(さらに続く)