法華狼の日記

他名義は“ほっけ”等。主な話題は、アニメやネットや歴史認識の感想。ときどき著名人は敬称略。

『がんばっていきまっしょい』

 愛媛県の浜辺で、高校生たちが手漕ぎボートで競争をしていた。その光景に感動した転校生がボート部に入ろうとするが、あくまで競争は学校の伝統行事であって、他校と競技をおこなえる状況ではないと知らされる。
 しかし転校生に巻きこまれるかたちで、少女たちはボート部に参加することに。ぼんやりとした挫折感から何に対しても興味をもてない村上悦子は、競技のなかで少しずつ情熱をとりもどしていくが……


 同名のスポーツ小説を原作とする、2024年の3DCGアニメ映画。原作は未読だが1998年の実写映画は視聴したことがあり、競技に全力をこめすぎず適度に力の抜けたスポーツ映画として好感をもった。

 監督を担当したのは櫻木優平。かつてNHKのドキュメンタリで宮崎駿に指導され、どんどん目が死んでいった若手クリエイターである。
『NHKスペシャル』で宮崎駿監督が川上量生会長のプレゼンテーションを叱った件について - 法華狼の日記

むしろ使えそうな若手作家こそ、宮崎監督の要求につぶされそうで、視聴者としては胃が痛くなったものだ。一時期は鬱屈したツイートばかり投下していたが、番組に対するツイートを見るかぎりは回復したようで、他人事ながら一安心した。

 その後、TVアニメや長編アニメ映画の監督をつとめて順調にキャリアを重ねつつ、新型コロナ過をはさんでの新作だった。


 おそらく企画としては、制作の時間も予算も少ない、ご当地映画なのだろう。アニメ愛好家には有名な人気声優ばかり出演しているが、これも予算のつく期待のアニメ映画なら一般人気のある俳優やアイドルが出演するのではないだろうか。
 しかし監督個人が演出を担当することはもちろん、脚本や編集や音響などさまざまな業種にかかわり、最後まで手をいれたらしいことで、予告で予想させるより数段階は見られる映像になっている。たとえば髪をなびかせる自動ツールなども監督個人が提供したらしく*1、映像に安定感がある。
 遠くに島が見える横長の水平線、5人が離れて座る細長いボートなど、シネマスコープサイズをいかしたレイアウトが多い。全編プリビズのようなVコンテでカットを構成したらしいが、無駄にカメラを動かしつづけることもなく、しっかり劇場アニメらしい絵になっている。
 日常芝居もしっかり動かしている。特に、別キャラクターが会話している後景で、靴箱から出した上靴に履きかえるキャラクターの全身が映りこんでいるカットがすさまじい。力の入ったアニメ作品でも、手描き作画であればさすがに省力しそうだ。
 残念ながら日常風景のモブは歩行速度が一定で進行方向も変わらず、いかにも3DCGのアセットのように個性を感じさせないが、ボート競技の動きは敵味方のひとりひとりに必要充分な個性をつけている。最初は水をうまくかけずバラバラに動いている主人公チームのオールが、物語が進むにつれて素人目にも効率よく水をかくようになり、動きもそろっていくわけだが、けして機械的にオールの動きが画一的になるのではなく、微妙に人間らしいズレをアニメートしている。
 予算がないなりに手間をかけて見ごたえをつくる工夫としては、花火大会の花火が、輝いてから遅れて音がとどく音響演出にも感心した。かつて『聲の形』が花火の光と音を同調させていたことで、良くも悪くも聴覚を重視しない作品なのだと感じたことをおぼえている*2


 物語はアニメオリジナル。原作や実写版では創部物の主人公らしく周囲を引っぱる悦ネエこと悦子を、状況に巻きこまれ何度も捨て鉢になる主人公にアレンジしている。
 冒頭のボートレースが実は競技とはニュアンスが違うことを隠していて、転校生の困惑に同調できる構成が良い。その転校生が都会からの転校生と期待されながら、埼玉県から来たという説明で解釈に迷うモブなども田舎の描写としてリアリティがあって味わい深い。
 そこからしばらく創部物にしては地味な描写がつづくが、開始十数分で登場する新キャラクターがアニメアニメしていて、よどんだ物語が一気に流れていく。そのキャラクターが浮世離れした感じになった経緯も物語の流れにあわせて明かされるのが真面目で、しかして主人公がふたたび挫折した展開の鬱屈を同じように流していくことですべてのキャラクターが生きていく。ボート部でひとりだけ男子がいて、数少ない経験者として部員に細かく指導したり主人公にほのかな恋愛感情を芽生えさせたようにも見えるが、べたつかない関係のままなので涼やかで見やすい。
 ただ主人公が最初にボート競技に熱心になる転機は、物語における変心の理屈はわかるが、感覚的にはもう一押しほしい。かつての自分と同じように諦めた部員たちを見て、同じように再び諦めようとするが、これまでの過程を思い出して奮起する。しかしそこで、自分を待っている部員の姿を回想しても、諦めた部員を先に描いているので、その回想で奮起するだろうか?と引っかかりをおぼえた*3。たとえば、かつての自分のように諦めた姿の情けなさを客観的に知ることで、とりあえず最後までボートを漕ぎつづけようと思うような感情の運びであれば、納得はできたと思う。
 とはいえ、先述のように主人公の二度目の挫折は周囲との距離の描写に工夫があり、その新たな再起も最低限の説得力があったので、全体として悪い印象ではない。予告のルックで懸念したよりは、ずっと絵も話も見やすく見ごたえのあるアニメ映画だった。

*1:劇場アニメ『がんばっていきまっしょい』櫻木優平監督インタビュー No.1:ワークフロー編

*2:『聲の形』 - 法華狼の日記

*3:指導者が決めたボートの座る位置の関係で背後の部員が諦めた姿は直接には見ていないものの、全体を指揮する幼馴染が正面に見えているので、その様子から全体の諦めはつたわるはず。