今回は紹介されたドキュメンタリが三つとも近いテーマで異なる社会のありようを描いていて、心底から興味深かった。
「危険なお仕事 ブータン」は、かつて世界一幸福という自己評価を世界的に信じられていた国の、社会のインフラを守る仕事の実情を紹介。
国民総生産のかわりに国民総幸福いう指標をつかっていたブータンだが、段階的に外国人やTVメディアを受けいれ、国技だった弓術のかわりにサッカーが若者の人気をあつめている。
しかし今でも交差点には信号機もなくて警官が中央の専用の場所で交通整理。山がちな国土だが道路にはガードレールがろくになく、舗装もされず、危険な山道が大量に残っている。
そして崩れた山道を復旧するため、ダイナマイトをアナログな導火線で爆破。それを担当するのは若い女性だが、大学を出たばかりで経験もないという。撮影する取材班は爆破まで走って逃げなければならない。
また工事現場には国民のかわりに多数のインド人が出かせぎに来ており、道路端のバラック小屋にすしづめにされて性格している。もちろん日本も他人事ではないが、貧困の押しつけと思わざるをえなかった。
「サーク島」は、英国と大陸のあいだにある英王室の所有する島の騒動を紹介。ずっと英国とは異なる制度で社会が運営され、古い文化と自然が残されているのだが……
英王室が個人的に所有する島では、王室から命じられた領主と複数の地主が統治をまかされ、何世紀も前に決められた約300円の賃料で人々は生活している。
道路は舗装されず移動は馬車などがつかわれ、生活必需品こそ高価だが生産されている食料は入手できる。消防はボランティアで消防車は赤く塗られたトラクターだが、小さい島なので十数分もあれば現場に移動できる。
しかしリッツ・ロンドンのオーナーである双子のバークレー老兄弟が観光地としてのサーク島に目をつける。城のような巨大な別荘地を建設して、数億円を出して領主の座を買いとろうとしたが断られ、今度は欧州人権裁判所に封建制の人権侵害をうったえて勝利する。
そもそも制度に手をつけず買収しようとしたくらいで、本当に人権を考えているわけではないはずだが、それでも2008年に初めての選挙が実施された。その時までバークレー兄弟は島の土地をかりあげてホテルなどを建てて、多くの島民を雇用。目抜き通りの半分は兄弟の店がならび、その対面に反バークレー兄弟の店がならぶ。
しかし島を二分する選挙で兄弟の息がかかった候補がふたりしか当選しなかった。兄弟は島のホテルを閉めて島民を解雇という反撃に出たが、さすがに批判が殺到し撤回せざるをえなかった。そして数年後に補選がおこなわれたが、4人の枠にバークレー兄弟が推した候補ふたりが入れず、島は変わらないことを選んだ。
封建制のかわりに資本主義の人権侵害が社会を荒らしていく光景がすさまじかった。たしかに封建制は撤廃されるべきだとしても、そもそも自然や文化を守る方向で法律を整備すれば兄弟の野望を防げたのではないかと思う。さらにスタジオで説明された後日談によると、兄は亡くなり弟も事業に大失敗して、どうやらサーク島から手を引くらしいとか。栄枯盛衰。
「聴覚障害者の多い村」は、イスラエルにあるアル・サイードという聴覚障碍者が多く住む村を紹介。遺伝的に耳が聞こえない人々が多いため、誰もが手話をつかうという……
もともと1800年代に聴覚障碍者が移住して生まれたという新しさで、6000人の人口で150人に聴覚がないだけだが、数世代だけで独自の手話が発達し、村人の多くがつかえるようになった。聴覚がなくても問題なく自動車を運転し、道行く子供に手話で注意できる。子供たちは聴覚をもっているが、手話でのコミュニケーションに問題ない。若者は教えられれば聴覚がなくても問題なく自動車整備の仕事をこなせる。独自に発達した手話ということで、1990年代から言語学者が注目して現在も辞書作りにやってきたりする。
生活に特に支障は感じていないが、医療団体が慈善事業として人工内耳の手術をすすめにやってくる。説明会において保険から出るので医療費はかからないと答えるが、村人の多くは疑問視したり反発したり。それでも家族のなかでひとりだけ聴覚のない2歳の息子のため、ひとりの父親が人工内耳の手術を請けさせることを決める。父親がつきっきりで長いリハビリとトレーニングが必要なため、それが可能なのか疑問視する村人もいたが、家族の助けもあって息子は音声で会話できるようになった。そして同時に、手話をつかうこともできる……
障碍とは社会によってつくられる相対的なものだということを実感できるドキュメンタリだった。障碍者が多数派にならずとも、比率でわずか2.5%いるだけで、その存在を前提とした社会が構築されることがあるのだ。