法華狼の日記

他名義は“ほっけ”等。主な話題は、アニメやネットや歴史認識の感想。ときどき著名人は敬称略。

『奴隷の島、消えた人々』

塩田のある離島で大量殺人が起き、ひとつの記録映像が重要資料になる。それは事件直前に潜入した女性記者と後輩カメラマンのコンビが撮影したものだった……


2014年に発覚した塩田奴隷事件をモデルにした、2016年の韓国映画。劇中ジャーナリストのカメラ映像を組みこんだフェイクドキュメンタリーとなっている。

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しかしフェイクドキュメンタリーというほど劇中映像だけでは作品を構成せず、残された資料映像で謎を解いていくつくりで、正確にはファウンドフッテージというジャンル。終盤では事件を捜査したり回想したりする風景が一般的な劇映画で描かれる。
登場人物にカメラがよりそって画面のどこから悪意が向けられるかわからない劇中映像パートも、いかにも韓国映画らしい激しい暴力を淡々と見せる劇映画パートも、それぞれよくできてはいる。インターネットの無責任な推理を映す演出も現代的な面白味がある。しかし好みとしては、『テイキング・オブ・デボラ・ローガン』*1くらい劇中映像を徹底してほしかった。
また、登場人物は実際の事件より少なく、1時間半に満たない尺なので、おそらく低予算なのだろう。とはいえ塩田の広がる離島の一見して穏やかな風景の美しさと、なかなか事態が解明できない混迷を、制限されたカメラワークで見事に表現していた。現代的な塩田のシステムもけっこう興味深いし、よく塩田労働に批判的な映画のロケ撮影が許されたものだと感じる。
フェイクドキュメンタリーパートの、演技をしていない人の演技は自然にできている。働かされている知的障碍者の演技も、あらゆる意味で素晴らしい。加害者以外の島民が貧しく弱い実像をもらす瞬間も、よくできたドキュメンタリーのような気まずさを感じさせた。


事件の推移の大枠はモデルと同じで、告発によって捜査される情報が事前にもれる局面もきちんとある。
韓国:「塩田奴隷事件は知的障害者の人権侵害事件」

韓国障害者団体総連盟のイ・ムヌィ事務次長は 「事件がマスコミで知らされた後、警察が該当地域を実態調査したが、前もって塩田の事業主に通知したため、被害が疑われる人全員が隠された」とし 「こんな調査で人権侵害はわからない」と警察の態度を批判した。

とにかくスクープを追い求めるだけの女性記者が、被害者の救済を公権力の不備にはばまれて怒りをおぼえ、少しずつ闇に深入りしていくドラマが熱く、そして恐ろしい。取材者に向けられる小さな善意も、その優しさと無力さに心がゆさぶられる。
ただ、そうした社会派映画らしいサスペンスから、物語は終盤で一気に謎解きへと転調する。明かされた真相はテーマからの乖離を感じたし、社会の異物への恐怖を呼びおこしかねない危うさもあった。一応、わかりやすい娯楽としてまとまってはいるし、地味に異なる社会問題をテーマに組みこみなおせたという評価もできるが。