法華狼の日記

他名義は“ほっけ”等。主な話題は、アニメやネットや歴史認識の感想。ときどき著名人は敬称略。

『僕のヒーローアカデミア』の峰田の性加害キャラクターって、そもそも機能していないことない?

僕のヒーローアカデミア』という作品*1に、よく性加害をもくろむ峰田というキャラクターがいる。日本でも人気者という印象はないが、特に外国では嫌悪されているようだ。
連載の最新話で、翻訳された台詞がバイセクシャルのように読めてしまい、LGBT当事者から批判があったという。性加害をしそうという偏見をもたれがちな立場ゆえの発言だろう。
[B! 海外] 「僕のヒーローアカデミア」の峰田くんが海外ではなぜか超絶不人気 - GIGAZINE
はてなブックマーク等で、マイノリティを美化するべきという反発のようにとらえるコメントがいくつかあるが、ヒーロー候補生の峰田は善玉であり、争点は性加害性だろう。
[B! 漫画] 海外ポリコレ「よりによって峰田がバイセクシャルとか嫌だ!!」

id:KoshianX いろいろとひどいなw 魅力的でないキャラがLGBTsなのは嫌だとか平然と言えるのすさまじい差別感情よなあ。まあ欧米型ポリコレの底の浅さというか、CCさくらに描かれる多様な性愛とか読み取れないんじゃないか彼ら

id:gryphon ふーむ興味深いね。物語内に「属性Aのキャラが 出てくる/出てこない」でも文句がくるし、属性Aのキャラが「いい役どころ/あまり良くない役どころ」でも文句がくるわけか。悪役、負け役、コメディリリーフなど…

id:kemononeko ホモやレズなど「マイノリティは美しくないといけない」問題な。これ自体が差別なんだが。

峰田はただ女性を愛するのではなく*2、むしろ相手の人格を無視して女体を愛好し、周囲の男子も巻きこもうととする。とうていヒーローらしからぬ人格だ。


少年漫画には、読者の性的欲求にこたえるため、あるいは愚かしさもふくめて共感をさそうため、主人公が性加害する時代があった*3
時代が変わり、裸体を意図せず見てしまう『ドラえもん』の主人公のように、性的描写のための性犯罪を積極的におこなうのではなく、事故として位置づけていく変化もしていく*4
主人公自身は性的描写を積極的にさける意図があり、裸体などは偶発的な事故として描写される『To LOVEる-とらぶる-』『ゆらぎ荘の幽奈さん』等は、そうした変化が少年漫画にまで到達したといっていいかもしれない。
また、主人公自身は積極的であれ消極的であれ性加害をおこなわず、サブキャラクターに担当させるという手法もある。主人公に本筋と関係ない問題をつくらずにすむし、性的描写を望む読者の受容にもこたえられる。


他の少年漫画と比べると、峰田もサブキャラクターが性加害するパターンに見える。
もちろん主人公をはじめ多くの男子はいっさい協力しないし、する光景が思い浮かばない。そもそも性的描写どころか、恋愛描写すらほとんどない。峰田の扇動にのるキャラクターはひとりくらいしかいない。
ここで珍しいのが、峰田ともうひとりの性犯罪が常に失敗するのは当然として、女性キャラクターの意にそわない裸体などもまったくといっていいほど描写されないこと。
峰田は事故によって読者へ性的描写を提供する汚れ役ですらなく、ただただ不快で愚かな少年でしかないのだ。
犯罪や事故による性的描写に作者がまったく興味がないのに、少年漫画の定番キャラクターだからと安易に配置し、機能しない結果になっているだけにしか見えない。


これが発展途上な少年少女の物語ならまだわかる。だが峰田は社会的なヒーロー制度の候補生であり、実地研修もおこなう特別なクラスの一員だからややこしい。
なぜ優秀な候補生として選ばれたのか、なぜ教師陣が問題に気づかないのか、世界観への疑問を無駄に生んでしまう。
他に爆豪というクラスメイトなども人格に問題が多いものの、高い能力を暴走させず社会のため制御する必要性も示唆されているし、暴力的な性格ゆえにヒーロー活動をとおした成長劇につながる期待ももてる。コミカルな峰田と違ってヴィランに転落する展開もつくりやすいだろうし、実際にそうなりかねない可能性が劇中でも暗示されている*5
さらに作品全体としては、頂点を目指して家庭崩壊した轟家をとおして、マッチョイズムをもったヒーローも批判的に描写され、重要なサイドストーリーをなしている。そこで女性を「生む機械」のようにあつかう問題も描かれた*6

もちろん峰田も性加害するだけではない。下位クラスでも優秀な候補生と競ったりして、自身の臆病さや能力不足に向きあい、ヒーローらしく活動する。アニメオリジナルストーリーの映画1作目でも、仲間や女性から鼓舞されて潜入で活躍したりした*7
しかし峰田の性加害はヒーロー活動とからまないため、成長劇によって反省したり償ったりする機会がない。性加害設定がなくても……いやないほうが落ちこぼれキャラクターとして成立する状態なのだ。
前述のようにヒーローと関係が深いマッチョイズム問題を長期にわたって描いているため、教師が峰田の問題行動を知って教育するエピソードを入れる余裕もなさそうだ。


そもそも性的描写をしたいだけなら、峰田のようにルサンチマンをかかえて性加害しようとする少年をヒーローとして出す必要はないし、他の作品のように事故として描写する必要も無い。
加害にならない性的描写をしたいなら、判断力のある性的に奔放なキャラクターが自発的*8に性的なふるまいをすれば、たいていそれで充分なはずである*9
それが少年漫画の定番になりづらいのは、女性は貞淑であるべきで奔放な人格は許されない、という古い規範が半端に残っているためかもしれない。味方の女性キャラクター、特にヒロインが清純な服装を選ぶことよりも、敵の女性キャラクターが煽情的な服装をしがちなように。それは味方組織が能力や人格によって女性が活躍できる一方、敵組織は性的魅力で上司にとりいることで出世する、ということと表裏一体な側面もある。
あるいは、主人公の性犯罪的な行為が少なくなっていることと表裏一体に、性的な行為への消極性がないと読者が共感しないと判断しているのかもしれない。


ところが『僕のヒーローアカデミア』では、峰田とは別個に自発的な性的描写がすでにある。
男女とも半裸だったり体型のわかるヒーローコスチュームが珍しくなく、なかには芸能人のように活動する成熟した女性ヒーローも少なくない。おそらく性的に楽しむことも可能な作品であるし、少なくとも性嫌悪とはいいがたい。
一例として、女性教師のひとりミッドナイトはボンデージ風のコスチュームをしている。なおかつ肌から催眠香を出す能力があるのに、通常は露出している部分をタイツ*10で隠して、必要に応じてタイツ部分を破る。シリアスなドラマに読者が集中できるよう、性的描写が目を引きすぎないよう制御しているのだろうか。
natalie.mu
一方、少女ヒーローは能力に応じて肌をさらすことはあるし、コスチュームはそれなりに体型を出しているが、さほど煽情的ではない。全裸に近い少女もいるが透明人間だ。その能力が時間切れ等になって裸体を見せる事故なども描写されない。

『僕のヒーローアカデミア』オリジナルアニメ「生き残れ!決死のサバイバル訓練」前編

公式外伝漫画『ヴィジランテ-僕のヒーローアカデミアILLEGALS-』も、ヒロインは完全に個人の意思でアイドル的なヒーロー活動をおこない、性的な露出度の高い服装を選んでいる。同時に、そのような姿を選んでいることと、性的な欲求を受けいれるのは別問題という描写もされている。


作品全体の描写や設定と比べるほど、峰田の性加害設定が古臭く浮いているし、ずっと作者も使いどころに困っている気がしてならない。
これが一般的な集団ヒーロー作品であれば峰田の存在をフェードアウトしていく方法もある。しかしクラスが固定されている学校設定なので、それも難しそうだ。
クラスメイトひとりひとりに異なる個性をあたえ、下位クラスとのチーム戦などできちんと全員を描写しようとしているため、峰田ひとりを出さないと不自然になる。

*1:なお、私個人はTVアニメと外伝漫画を基本的に追っていて、ネタバレをさけるため原作は時々後から読むだけ。以降に「作者」と表現する場合は、原作者の漫画家ひとりを指しているというより、編集者やアニメ化スタッフもふくめている。

*2:女性好き男性ヒーローの定型を、あらゆる女性を美醜や年齢で区別せず尊重して助けるという方向へずらすことも、すでに定番のひとつだ。

*3:気さくな言動のつもりでセクシャルハラスメントをおこなう市長が現在も話題になっていることから、過去の虚構にとどまる問題ではないが。 https://www.sponichi.co.jp/society/news/2021/08/07/kiji/20210808s00042000003000c.htmlwww.sponichi.co.jp

*4:ただし実行しようとして周囲に止められたり、逆に秘密道具の事故的使用を周囲も止めないエピソードはある。一方で、そもそも原作の性加害的な描写は連載の高年齢向け化によって一時期増えつつ、最終的にはほとんど消えている。TVアニメが連続して放映されているため気づかれにくいが、短編の新作発表は1990年で完全になくなり、以降は映画のための大長編が描きおろされているだけ。大長編は入浴シーン等はあっても、劇中で主人公側が性加害をおこなうことはない。

*5:ただし、あくまで物語の役割りにすぎないヒーローとヴィランという区分が極端に強固な作品なので、ほとんどヴィラン的なふるまいをしているのにヒーロー候補生としてあつかわれる違和感は今もある。

*6:そのサイドストーリーがはじまるTVアニメ2期第23話は単独エピソードとしても完成度が高く、2017年の話数単位ベストテンに私選した。hokke-ookami.hatenablog.com

*7:ナンパ目当てで物語の舞台へアルバイトに来たが、TVアニメと比べて意識的な性加害はおこなわない。 hokke-ookami.hatenablog.com

*8:わかりやすい暴力や脅迫がなければ強制にならないという意味ではない。たとえば未来で男性がほとんど滅んだSF設定の『終末のハーレム』などは、自由意思でもって性的行為をおこなえる社会状況かというと、そうではないと判断するべきだろう。

*9:もちろんそのような人物設定をおこない、その状況を切りとった作者の作為もまた論じられるが。

*10:原作漫画では皮膚の色にあわせているが、TVアニメでは白色。モノクロの漫画からカラーのアニメへ、媒体によって原則が異なることにあわせたアレンジだろう。