法華狼の日記

他名義は“ほっけ”等。主な話題は、アニメやネットや歴史認識の感想。ときどき著名人は敬称略。

『相棒 Season17』第10話 ディーバ

自室で頭から血を流して倒れていた女性を、杉下と冠城が発見する。その若い女性は、幼子を何者かに誘拐されたらしい。
若い女性の祖父が衆議院議員の敦盛劉造という背景が、幼子が誘拐の標的となった理由として浮かびあがってくる。
さらに誘拐犯の文章を読みあげた世界的歌手の神崎瞳子や、ブラック企業問題が事件にからみあってきて……


テレビ朝日開局60周年記念 元日スペシャル」として2時間15分枠で放映。脚本は太田愛
渡仏して歌手活動と政治活動を並行している神崎がドラマの全面に出つつ、事件は敦盛の人間関係でつながっていく。基本的には、隠蔽された社会悪をあばくために劇場型犯罪を利用するパターン。連続自殺直前の謎の有給取得は洗脳的な企業研修のためだった、という社会問題を追いかけるフリーライターも登場する。
そこまでで良かったのは、誘拐の実行犯のひとりが本当にさりげなく登場していた伏線のうまさや、ヤクザの拘束から脱出しようとする冠城と神戸のトンチと大立ち回り。ヤクザがフリーライターを襲撃する場面も、なかなかホラーっぽい演出が楽しめた。
しかし警察に圧力をかける敦盛のような権力者の互助組織「G案件」なる設定は、同じ脚本家の「声なき者〜突入」*1の設定に通じるが、比べると工夫がなく陳腐な印象すらあった。


そして誘拐事件の真相が明らかになるにつれ、犯人が身内とわかって幼子が傷つけられる心配がなくなり、文字通りの爆弾などが登場しても緊張感は薄れていったのだが……最後の最後にとんでもない爆弾が投下される。
設定的に好人物ではないはずの敦盛が、いくら血統の継承者だからといって曾孫を救うことに必死になりすぎているのが不自然ではあった。敦盛劉造の亡くなった息子は、ブラック企業の被害者のために奮闘していて、意図せず父親と対立して独自の人間関係を築いたという情報もあった。若い女性に産ませた幼子の父親は誰かわからないという謎もあった。さらに、若い女性が実際は敦盛とは違う血を引いているらしい情報が出てくる。
そうした情報をよりあわせていくと、「敦盛」が実は「善良」という雰囲気が生まれてくる。しかし実際は「幼子の実父」という真実が、最後の舞台で暴かれる。つまり「血統」への執着こそが事件の背景だったわけだ。
誘拐は単純に社会悪を訴えるためだけでなく、幼子と母親が巨悪に呼びよせられるタイムリミットにせまられたものだったし、事実を確定するため事件に巻きこんでDNAを採取する目的もあった。


この真相は、薄っすらと可能性は感じていたが、それでも「声なき者〜突入」に優るとも劣らない衝撃があった。あまりにもおぞましい社会悪を正月早々に描いたこと自体に唖然としたし、その事実に傷つけられた人々が協力するのも無理からぬことと理解できた。
血統と人格は関係ないと主張して、それにより体現もしたのが敦盛の亡き息子だったこともいい*2若い女性が無理やり産まされた幼子まで憎まずにすむように、今はもういない血のつながりのない父親が救いをさししめしたという構図だ。
そして回想で描かれる、傷つけられた血のつながりのない人々が古ぼけた家で助けあう姿が美しい。その人間関係をまとめあげた描写から、神崎という女性の人格も立ちあがってくる。ここまで堂々とした確信犯が、ちゃんと他の選択肢がないと視聴者に納得できるかたちで描かれるのも滅多にない。

*1:『相棒season15』第14話 声なき者〜突入 - 法華狼の日記

*2:元恋人として神崎と妻の人間関係を構築したり、ブラック企業と戦うことで遺族とのつながりを作ったりと、全体を見わたすと実は関係性の軸になっている。それが物語が始まった時点で退場していることで、シンプルな事件を複雑に見せている。