法華狼の日記

他名義は“ほっけ”等。主な話題は、アニメやネットや歴史認識の感想。ときどき著名人は敬称略。

『悪魔のいけにえ 公開40周年記念版』

テキサスに向かう5人の若者たちが、ひとりの男を車へ同乗させてやる。男の奇行に驚いた5人は車から追いだすが、旅先でははるかに大きな恐怖が待ちうけていた……


トビー・フーパー監督による1974年のホラー映画を、2014年に4Kリマスターしたバージョン。
『悪魔のいけにえ 公開40周年記念版』予告編 - YouTube
若者たちが旅先で殺人鬼に虐殺されるジャンル映画の原型作品のひとつ。実話と宣言する冒頭のテロップはリアリティを感じさせるための後づけだが、細部の符号などから映画『サイコ』と同じくエドゲイン事件の影響があるともいわれる*1
低予算作品ながら、マスターフィルムの芸術性が評価されてニューヨーク近代美術館に収蔵されていることで有名な作品だが、これまでは断片や紹介を見たことがあるだけ。今回ようやく全体を初観賞した。


1時間半にも満たない上映時間に、緊密に見どころがつめこまれていて、弛緩する場面がないところが予想外に素晴らしかった。同じジャンルを隆盛させた1980年の映画『13日の金曜日』が、描写の無駄だらけで終盤しか楽しめなかったことと大違い。娯楽作品として現代の視聴にたえる。
最初の若者5人の旅路からして、車椅子の青年の言動による不和と、足手まといになりそうな予感とで、恐怖の前哨としての緊張感に満ちている。目的地へつく前から、奇妙な客と同乗するジャンル映画として成立していて、見ていて飽きさせない。
物語のツッコミどころも予想外に少ない。説明が不足でも過剰でもないのが良いのだろう。怪人が殺人技術をもった背景については会話劇で自然に説明しつつ、怪人の精神については下手な解説を入れず、現実感ある暴力と底知れない狂気を両立させている。
低予算ゆえにざらついたフィルムも、フェイクドキュメンタリーのような雰囲気として奇跡的に成立。淡々と乾いた語り口とあいまって、陰惨な殺人現場で本当に撮影したかのような雰囲気がある。それでいてカメラワークはていねいで、物品越しになめた構図が多く、それが画面の奥行きを作りだし、影に何かが隠れた雰囲気を生みだす。同時にあくまで劇映画であるため、先述したように間断なく登場人物にトラブルがふりかかり、フェイクドキュメンタリーにありがちな思わせぶりな退屈さとは無縁だ。


怪人がチェーンソーをふるうスプラッタ―映画の原型ながら、肉体を損壊する場面をほとんど見せないことも、良い意味で驚かされた。
もちろん低予算ゆえの制約が理由ではあるのだろう。しかし死体で作られたオブジェや、開いた扉や家の奥を静かに映す演出など、想像力をかきたてる描写は充実。リアルな肉体破壊を工夫なく見せるよりも恐ろしい。ほとんどの惨劇が白昼でおこなわれるからこそ、誰かが隠れていそうな物陰の位置がよくわかり、そこへ近づいていく恐怖をもりあげる。何ひとつわからない状況で驚かすのではなく、暴力がふりかかる予感によって恐怖をふくらましていく。
怪人「レザーフェイス」のキャラクターも良くて、被害者にとっては底知れない恐怖を感じさせる大男だが、物語が進むにつれて相対的に温和な性格ということがわかってくる。人間社会に対する危険と狂気が反比例する食卓風景は、その転倒ぶりが風刺的ですらある。