法華狼の日記

他名義は“ほっけ”等。主な話題は、アニメやネットや歴史認識の感想。ときどき著名人は敬称略。

『サクラメント 死の楽園』

突撃取材で知られるVICEのクルーと仲間たち3人が、謎の団体で共同生活する妹へ会いにいく。
森林のなかにあるそこは、入り口を機関銃でかためつつも、一見すると平和な楽園に見えたが……


すでに歴史となった共同体の事件をモチーフにしたフェイクドキュメンタリー。タイ・ウェスト監督が製作総指揮や脚本もつとめた。

題材も手法も極めて好みなのだが、それゆえ期待との落差に落胆した。とにかく全体として刺激が弱いし、手法を選んだ必然性も薄い。


とにかく元ネタを忘れて見ても、前半は間延びし、フェイクドキュメンタリーの良さがない。
無編集のフィルムが事件後に発見された「ファウンドフッテージ」でも、カメラの主観を重視した撮影「POV」でもない。リポーターが住人に質問するため、被写体がカメラ目線になることもない。撮影後に編集した形式のフェイクドキュメンタリーなので、わりと余裕をもって撮影できた設定の前半は普通の劇映画と大差ない。
カメラワークがきちんとしているし、カット割りも細かい。不足した撮影素材をやりくりしている雰囲気がない。BGMもていねいにつけられているため、あまり生々しさを感じない。序盤に撮影を拒否されて、しばらく隠し撮りならではの映像がつづくかと思いきや、すぐに正面からの撮影を許可される。
かといって編集で共同体の来歴などの情報を足すわけでもない。ただリアルタイムで事件を追いかけていくだけ。たとえば取材対象の主張と、別の取材でえた情報を対比させる編集をするだけでも、コントラストが生まれたかもしれないのに。


それでも共同体の異分子がクルーに接触してから、ようやくカットを割らないサスペンスが始まっていく。
クルーが取材にきたことを事件の動機にしたり、あえてクルーがカメラを置いていったり、ようやくフェイクドキュメンタリーならではの出来事や演出が見られるようになる。どこから撃たれるかわからない銃撃戦の恐怖や、カメラの面前で取材クルーを批判して自殺する描写などはなかなかショッキングだ。
しかし共同体の敷地が中途半端に広すぎ、見通しが良すぎて、長回しで移動する姿が間延びして、かつ身をさらしていることの説得力が弱かった感もある。
共同体側がカメラを拾って自分たちを記録しはじめるのはいいとして、その映像が取材クルーと違いがないのも良くない。共同体側は事件が荘厳に見えるよう一部分だけ撮影して、遠距離から監視する別カメラが悲惨な全体像を撮影する……みたいな演出がほしかった。


そして元ネタを思い出すと、対比的に映画の印象が弱まる問題がある。
文明から離れた、一見すると人種差別のない社会。出入り口に吊るされた素朴な看板。そこを視察に来た外部が異常に気付く過程と、その結果の惨劇。最後の共同体の空撮……それらを人民寺院から引用しているのはいいとして、すべてスケールが小さくなっているのが劇映画としてつらい。
人民寺院は反人種差別を標榜したりして、さまざまな有力者とコネクションをもっていた。ずっと共同体の規模も大きかった。視察に来たのは下院議員で、在職中に暗殺された現在まで唯一の人物という特別ぶり。死者数も5倍以上。
映画の独自性として良かったのは、信者のなかから助けを求める人物として声を出せない少女を設定したことくらい。身を隠しながら取材クルーに接触しようとする姿、それ自体に不安感があった。
ただ、タイ・ウェスト監督は身近な隣人として共同体を演出したかったらしく*1、共同体の自己弁護シーンを強調したのもそのためという解釈もできるかもしれない。思えば声を出せない少女の哀しい顛末は、敵を恐れて自滅した共同体の自己相似形ではあった。

*1:に、パンフレットの監督コメントが引用されている。