法華狼の日記

他名義は“ほっけ”等。主な話題は、アニメやネットや歴史認識の感想。ときどき著名人は敬称略。

『勇者たちの戦場』

イラク戦争の帰還兵を群像劇として描いた2006年の米国映画。原題は『Home of the Brave』。
映画 勇者たちの戦場 公式サイト*1
GYAO!で7月25日まで無料配信している。1時間46分というタイトな尺で、映画としては過不足なくまとまっていた。
http://gyao.yahoo.co.jp/p/00805/v10147/


描かれるのは米国での日々が中心だが、どのように心身に傷を負ったかも見せるため、「人道支援」から帰還する途上も冒頭で描かれる。
ロッコ市街地でロケハンし、実際の建物をイラクらしい色調に塗装しなおし、建設中の建物を廃墟にしたてて表現された市街地は、なかなか生活感がある。実際のイラクとは異なる気候かもしれないが、くっきりした青空の下で移動する米軍部隊という情景は、けっこうイラク戦争映画には珍しくて新鮮だった。
突発的に始まる戦闘も、短いながら充実している。モロッコ政府の協力をえたおかげで、車両やヘリも登場する。薄暗くも煙ってもいない白昼の流血が、生活感ある街を舞台とすることで、異様な実在感をもって表現される。民間人かと思えばゲリラ、かと思えば民間人。現実の街で建物が爆破される情景がつづき、米兵は救援を待ちながら、無人の墓地で戦友の遺体を抱きしめる。


そうして傷ついた米兵たちは、さまざまな欠落をかかえたまま帰国する。敵を探そうと屋内に入って民間人女性を誤射した者、右手を失って義手で生活する者、家族と衝突してしまった者。
故郷に戻っても、出兵中に仕事場に新人が入ったため復職できなかったり、生活に不具合をかかえるようになったり。それでもすぐドラッグに手を出したりや犯罪に走ったりはせず、酒量が増えたり自動車運転が荒くなったり、社会に表面化しないくらいの問題をつみかさねていく。少しずつPTSDを発症して感情的になっていくが、カウンセリングを受けても反発ばかりおぼえたり、カウンセリンググループ内で喧嘩したり。
特に印象的なのが、サミュエル・L・ジャクソン演じるマーシャルだ。軍医に志願してイラクへ向かい、帰還後は裕福な家庭に戻って、医者としての仕事をつづける。そのはずだった。しかし手術中に気分が悪くなったり、息子が反戦論を公言したため学校に呼びだされたりして、家庭内で亀裂が生まれていく。
マーシャルは人種的マイノリティ*2かつインテリらしく、学校との面談においては息子を弁護するし、息子の批判が自身に向かっても反抗期だろうと合理化する。しかしどれほど心配したかということを妻からも語られ、息子と人道支援の必要性で論争までする。あくまで一説としてだが、ここで全面撤兵論やイラク戦争批判にも言及してみせた。


ただしこれは帰還兵の映画であって、戦争について議論を深めるところまではいかず、マーシャル一家の問題として収束していく。親戚をまねいたパーティーでマーシャルは酩酊して大問題を起こし、それをきっかけに家庭の修復へと物語の重心が移っていく。息子も自身の反戦論について、反抗と思想の半々だと口にする。
他の帰還兵も、肉体を失った者はパートナーをえることで家庭を立てなおす。基本的には、米国観客に向けて米兵を社会で受けいれるようにうったえていく。イラク戦争や帰還兵という題材が、共同体の物語に利用されているようにも感じた。


終盤には、再びイラクへ向かう兵士まで出てくる。ここだけを見れば、共同体を賞揚して派兵を支援させようとする映画とも読みとれる。
ただし制作者が意図したのかどうか、ここで新しい問題も浮かびあがる。この若い兵士は「事態を悪化させてるだけかも…」といいつつ、つづけて「現地で苦闘する仲間をほっておけないんだ」と独白する。仲間意識で作戦の妥当性を棚上げする典型だ。しかしその米兵の生活を見ると、家族から手をさしのべられつつも、他の帰還兵と比べて社会へ戻ることができておらず、収入も不安定なままだった。
昨日のエントリで、社民党のポスターにつらい評価をしたのは、この作品を見たばかりという理由もあった。
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「あの日から、パパは帰ってこなかった」と家族の存在を重視する文章は、あまり良いとは思えない。軍事組織が拡大して実戦の危険性が増すほど、どちらかといえば社会的に孤立している者から構成員になる可能性が高まるように思う。

家族のある者だけが米国社会に戻り、社会から孤立した者は戦場へ向かう。孤立した者は自らが選んで戦場に向かっていると考えており、社会が包摂できなかった問題として認識してはいない。
劇映画でありつつ、複数の帰還兵に取材したおかげもあるだろうか。この映画は群像劇という形式をとることで、社会全体の問題について構成する個々人は認識できないという問題を、残酷に描きだした。

*1:女優が劇中で演じる役のため、肉体を欠損した女性兵士と会った逸話など、興味深い情報が多い。しかし掲載している著名人の称賛コメントが落合信彦なのは、何の冗談なのか。

*2:なお、マーシャルより若いアフリカ系の帰還兵もいて、劇中で最も気性が荒い行動をとり、帰還兵の物語で典型的な結末をむかえる。その対比も面白い。