法華狼の日記

他名義は“ほっけ”等。主な話題は、アニメやネットや歴史認識の感想。ときどき著名人は敬称略。

『ヒラリー・スワンク IN レッド・ダスト』

アパルトヘイト撤廃後の南アフリカ共和国で、真実を公に告白すれば恩赦される真実和解委員会を描く。後に『英国王のスピーチ』でアカデミー賞作品賞を受けたトム・フーパーが、映画での初監督をつとめた作品でもある。
http://gyao.yahoo.co.jp/p/00867/v00530/
あたかもカメオ出演した有名俳優で売ろうとする駄作のようなタイトルだが*1、想像以上に良い作品だった。
重い題材を2時間以内にまとめ、過不足のない描写。映像での説明を重視しつつ、説明台詞にも不自然さがない脚本。南アフリカの美しい情景と貧しい町並み。凄惨な拷問と人種隔離が行われた過去と、暴動や貧困で苦しむ現在。アフリカ音楽を中心にした背景音楽。
社会派としての複雑さと、法廷物としての娯楽性が、映像作品として密接に重なっていた。


まず、物語の序盤で、委員会で恩赦を求めたヘンドリックス元警官は、かつての上官へ累がおよばないように釘を刺される。一方で、ヘンドリックスが真実を隠していると指摘する政治家アレックスも、自身が拷問を受けていた時に仲間を売った疑惑が存在する。
真実を明らかにしようとヘンドリックスを告発しながら、過去を全て明かすとアレックスは政治生命を失いかねない。だからヘンドリックスはアレックスに互いの不都合な部分には口をつぐむよう、一種の取引をもちかけたりもする。
アレックスに協力する女性弁護士サラは、相手だけでなく依頼人の秘密とも対峙しなければならない。真実を暴かなければならないが、そうすれば依頼人が不利益をこうむるという葛藤が生まれる。敵味方ともに手探りするような物語展開に緊張感がはりつめ、委員会におけるサスペンスが持続する。


アレックスが真実を明かせない理由には、もちろんPTSDによる記憶の混乱もある*2
前半に、アレックスが自身の強靭な肉体を誇示するようにプールで泳ぐ場面がある。美しい山並みを背景に、かつて白人専用だった清潔なプールに入っていたアレックス。しかし、背中にある拷問の傷をサラへ見せる場面があり、さらなる演出上の必然性があるとわかる。
加えて、序盤から語られていた「袋」という拷問方法が、布袋を頭にかぶせて水をかけるという手法だったと明かされ、溺れるような苦しみと説明されるにいたって、癒えない心の傷についてプールでアレックスが語った場面が、全く異なる印象へと変わる。
そうして少しずつ明らかになる過去の情景は、思い出そうとする演技の熱さもあって、年齢制限がかかっていないことが不思議なくらい際どい描写という印象を与える。


やがてアレックスは拷問に耐えつつも、ともに拷問されていた一人は売ったことを告白する。守った仲間から批判され、政治家として傷を負う姿は痛々しい。そして、拷問が対象となった個人だけでなく、黒人社会にも深い傷と分断を与えたことが明らかにされていく。
しかし、PTSDと罪悪感に向き合いながら、アレックスは過去を掘り起こしていく。伏線を回収しながら一つの場所を特定していく展開は、法廷物としても緻密で見どころがある。
最後に明かされた真実は、内容そのものは序盤から想定されていた範囲に収まる。だが、その真実をどのように明かしたか、どのように向きあうかは、映画を通して見ないとわからない。特にヘンドリックスの、アレックスに対する共犯意識と自己弁護がないまぜになった主張の後、わずかに見せた悔恨と贖罪の気持ちは、様々な困難を描いた後だからこそ貴重なものだと実感できる。


個人的に、ヒラリー・スワンク演じるサラが黒人被害者側につく配役で、エクスプロイテーション映画になりかねない懸念もあったが、きちんと映画本編で意味のある展開を見せた。
女性弁護士は問題の委員会が開かれる地域の出身であり、少女時代に黒人と恋愛関係にあったため、警察に収監されたという因縁を秘密にしていた。やがて、黒人とつきあうことを許していた母が社会から疎外され*3、家族が崩壊したことも語られる。その因縁が警官との間にあるため、女性弁護士が依頼人といる場面で、昔のように黒人男性が好きなのかと揶揄される。
つまり、エクスプロイテーションのようにまなざすこと自体を、描く側と観る側ともに問うよう物語が構成されていたわけだ。


細かいところでは、アパルトヘイト時代から戦っていた立派な弁護士が、サラの師のような存在として、感情的に受け入れがたい主張を理性的に説く結末が、しみじみ人権派弁護士らしくて興味深かった*4
また、委員会が開かれる直前のこと。ヘンドリックスを支援して現在の国家を否定する白人がキリスト教を使って呼びかけている場所に、音楽を鳴らして狂騒的にデモをしていた黒人が来る場面がある。この対比演出は、特にキリスト教への好意を持たない私から見ても驚かされた。

*1:原題は『RED DUST』だが、たとえば『アパルトヘイト IN レッド・ダスト』でも歴史映画風に売れたのではないかと思う。

*2:ヘンドリックスが先に自身のPTSDを主張し、あいまいな証言を自己弁護したところが、実に演出として巧みだ。

*3:アパルトヘイトでは異人種間の恋愛も禁じられており、この映画でも母が娘の養育権を失ったことが語られる。

*4:劇中で敵対者から「左翼弁護士」という言葉で揶揄的に呼ばれる場面もある。