法華狼の日記

他名義は“ほっけ”等。主な話題は、アニメやネットや歴史認識の感想。ときどき著名人は敬称略。

『百万のマルコ』柳広司著

獄中のマルコ=ポーロが囚人仲間にホラ話を聞かせ、退屈を紛らわしてやる体裁の、連作短編推理。個々のホラ話も伝説やトンチの古典を元ネタにしており、二重のパロディであると同時に、元ネタの知識が説明省略や誤誘導として機能する。
冒頭の表題作と「雲の南」の二編は、講談社ノベルスのアンソロジー本格ミステリ』シリーズに収録されていたものを既読。


個々のエピソードは短く、囚人仲間の推理はたいした内容でもなく、気のきいたショートショート集といったところ。異文化の設定を活用したミステリなので、異国冒険譚としての楽しみや、教訓的な要素もあるが、あくまで肩のこらない娯楽掌編として楽しめばいい。
古典的なトンチが成立するための前提が入念に用意され、ささいな描写が伏線として機能し、真相が判明した後にも気のきいたオチがつく。ただし先述したように個々のホラ話に元ネタがあるので、真相に近づくことはさほど難しくない。
意外性が楽しめたのは、枠組みそのものに謎がふくまれているエピソード。一見してあからさまな真相の背後に異なる解決方法がひそんでいる。マルコが謎を解けなかった理由が強烈な「雲の南」、囚人仲間の騒動が先に謎として提示されている「半分の半分」が、それぞれミステリとして白眉だった。


また、侵略者フビライ・ハーンにマルコがつかえていたという先入観を逆転させ、戦争の馬鹿馬鹿しさをホラで撃つという構図が多いところも、好感が持てた。