法華狼の日記

他名義は“ほっけ”等。主な話題は、アニメやネットや歴史認識の感想。ときどき著名人は敬称略。

『地獄』

仏教系大学にかよっている清水四郎は、悪友の田村が起こしたひき逃げに加担してしまう。ひき逃げで死んだヤクザの妻と娘は復讐をちかった。
さらに父親が経営する悪徳養老院や、自首しにいく途中の事故で死なせた女性もからんで、清水四郎は地獄めぐりをすることになる……


1960年に公開された中川信夫監督作品。同名の映画として、1979年の神代辰巳監督作品と、1999年の石井輝男監督作品がある。

地獄 [DVD]

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東宝末期に作られたエログロ低予算映画のはずだが、横長なシネマスコープのカラー画面は重厚で、安っぽさを感じさせない。
前半の日常風景では、窓の向こうを蒸気機関車が通りすぎていくカットや、長い吊り橋のシークエンスなど、空間の広がりと奥行きを感じさせる構図が見事。さすがに演技は前時代的なところも多いが、寓話的な語り口調のおかげで気にならない。傘のモチーフも印象的だし、神出鬼没の田村が生みだすサイコサスペンスのような雰囲気もいい。
後半の地獄情景も、おそらく大半はスタジオセットですませていると思うが、低いカメラ位置と適度な遠近強調のおかげか、三途の川や賽の河原は狭さを感じさせない。群衆シーンもカメラフレームの外にまであふれているような印象がある。血まみれの口元をクローズアップする表現主義的な演出や、輪廻の輪で赤子を追いかける場面のダッチアングルも古びていない。背景絵を省力するためかもしれないが、地獄の情景が漆黒を基調として、サイケデリックさを抑えているおかげで、上品な印象すらある。
特撮は地獄の炎へと落ちていく合成や、一部の地獄関係の着ぐるみ、内臓をさらけだす特殊メイクくらいか。同時代の東宝に比べるとさびしいのも事実だが、あまり多用せずに短く映すだけなので雰囲気は壊れない。


物語については、どんどん登場人物が不幸になっていく展開が、いささか御都合主義的に感じるわけだが*1、田村の不思議な雰囲気のおかげで救われている。
あまりに神出鬼没で、清水以外のほとんどが田村に話しかけないため、実は清水だけが幻覚で見ている別人格ではないかと思うほど。それでも実在するかのようにふるまったり、清水に誤って殺されたり、かと思えば生きていたり、作品の現実感をゆるがしつづける。おかげで中盤で登場人物が全員死んで地獄へ場面転換するという強引な展開も、見ていて違和感がなかった。
地獄に行ってからは清水が赤子を追いかけていくだけだが、冷え冷えとした清水の周囲と、ひどい罰を受ける人々のコントラストで、単調さをまぬがれている。唐突で思わせぶりな幕引きもふくめて、エログロナンセンスを超えた文芸性を感じたのはたしかだった。

*1:清水が最初に過ちをおかしたのが交通事故で、それを自首しようとして女性を同乗させた時も交通事故で死なせるという展開は、くりかえしギャグのようだ。