法華狼の日記

他名義は“ほっけ”等。主な話題は、アニメやネットや歴史認識の感想。ときどき著名人は敬称略。

『ドラえもん』走れドラえもん!銀河グランプリ

未来へ同窓会へ行ったドラえもんが、ひょんなことから有名レーサーと因縁を持ってしまう。のび太達も褒賞を求めてレースに出場することになった。
しかし、のび太ドラえもんはマシンを持っていない。探し回った末に、ゴンスケ型のロボットから未来の自転車を譲ってもらうことにして、改造もたのむ。
始まったギャラクシーカーレースを、各レーサーはマシンのギミックや秘密道具を駆使して突き進んでいく。だが、その背後には何者かの陰謀がはりめぐらされていた。


誕生日一時間SPのアニメオリジナルストーリーだが、ためらわず娯楽作品として傑作と評価できる。藤子F作品でいうと『モジャ公』の1エピソードや、それを原案としたアニメオリジナルストーリー映画『21エモン 宇宙いけ! 裸足のプリンセス』を思い出させる星間レースが展開される。ただし今回は宇宙船ではなく車輪で走るカーレース。既存の秘密道具を活用するだけでなくアイデアや努力でも戦わなければならない。
未来の自転車をドラえもん達のレースマシンにすることも、ただのギャグでは終わらない。同種の秘密道具が登場する原作との繋がりを感じさせつつ、がんばりが速度に反映される演出をSF設定として支える。2つあるハンドルのため改造自転車らしい失敗をした描写から、首を伸ばすギミックの活用による逆転劇、のび太の思いがこもったデザインが反映された飛行まで、マシンの特徴を物語で活用しきっている。最後にマシンが崩壊してドラえもんだけゴールにたどりつきながら有効あつかいだったのも、ドラえもんが機械でマシンが人力で動いていたためという脳内補完をしても面白い。
黒幕は正体こそ途中の過剰演技でばれてしまったものの、ファッションとして人間の大人が猫耳を着ける描写が冒頭から多く、真相に違和感がない。この未来なら猫型ロボットに変装しても目立たないと思わせるだけの世界観がきちんと構築されている。
キャラクター性をレース模様と人間関係から浮かび上がらせる物語構成も素晴らしい。ライバルキャラクターは助けられた恩義を返し*1、他のレーサーやマシンにもそれぞれ魅力や活躍があり、見終わった後の後味もいい。黒幕すら皮肉な形で望みをかなえる。
猫耳をモチーフにした物語の末に、いつも通りのドラえもんを望む主人公と、それに応えた子守りロボットという構図も、台詞で長々と心情を説明しないからこそ胸が熱くなる。


スタッフ編成は、水野宗徳脚本、高橋渉コンテ演出、田中薫と三輪修による作画監督、原画に岡野慎吾や針金屋英郎といった布陣。
水野宗徳の描くのび太は、けして頭は良くないが、包容力と優しさを持っているところが特徴かな。過去の誕生日SPで傑作を手がけてきた期待に、充分以上に応えてくれた。どこまでが脚本の手柄かは確信しにくいものの、行動原理のはっきりした導入に、伏線や設定を活用した冒険で楽しませ、抑制された台詞で情感を上乗せする結末と、娯楽作品に求められることが教科書通りに入れられている。
映像面では、藤子F作品のキャラクターが背景にモブとして登場する遊びがあったと思えば、位置関係がわかりやすく場面ごとの緩急がしっかりしたカーレース演出も手堅い。背景動画も多用した手描きメカ作画によるカーレース、背景美術の努力で描き別けられた異星の多様な環境、3DCGで意欲的に描写された巨大怪物、クライマックスの爆発作画と、アニメーションとしての完成度はスペシャルの名に恥じない。
いとうせいこうがゲストキャラクターとして登場したり*2、いつもは『クレヨンしんちゃん』で野原夫妻を演じる藤原啓治ならはしみきが重要キャラクターとして登場したり、声優陣も面白かった。


番組最後には、「川崎市 藤子・F・不二雄ミュージアム」の開館記念で作られた歌「F組 あいうえお!」のPVを放送した。
大杉宣弘がコンテ演出から作画まで担当。藤子F初期らしい頭身の低さと、藤子F後期らしいシャープな絵柄で、原作者の特徴をいいとこどりしていた。小気味良いアニメーションの楽しさも大きい。

*1:ここで、ドラえもんに対し子守りロボットの自覚をうながす台詞が、地味にいい。『ドラえもん』という作品の根幹設定を利用して、ライバルキャラクターの人間性を自然に感じさせる。

*2:http://news.livedoor.com/article/detail/5833848/