法華狼の日記

他名義は“ほっけ”等。主な話題は、アニメやネットや歴史認識の感想。ときどき著名人は敬称略。

『ドラえもん』あの窓にさようなら

田舎から都会へ出稼ぎに向かう青年ヒデキ、彼が思いを寄せる少女モモエ、そのドラマをドラえもん達が覗き見るという、番外編的な物語。展開は原作通りだが、大幅に内容をふくらましている。
渡辺歩コンテ、宮下新平演出、丸山宏一作画監督。現在の『ドラえもん』に関わっているスタッフで最高の布陣だけあって強く期待していたわけだが、充分以上に応えてくれた。もともと原作でも印象深い名短編を、劇場映画を思わせる映像でアニメ化してくれた。
さらに原画には、大杉宣弘や三輪修といった作画監督クラスに加え、そ〜とめこういちろう等の『ドラえもん』では珍しいアニメーターも参加。「一郎」や「J・蓮見」*1といった、偽名っぽい名前も*2ドラえもんにマユゲがある渡辺コンテらしい表情芸から、豊かな演技に緻密なレイアウト、アニメーションは文句のつけようがない。


さて、ヒデキのキャラクターは、いささか古風にすぎると思わなくもない。原作を読んだ時期でも時代を感じさせられたが、アニメオリジナル描写で純朴さを強調しているため、原作より古臭さを感じさせる。ローラーを引きずってグラウンドを整地する姿は『巨人の星』かと見まがうばかり。ヒデキを見送る家族も*3数十年前のドラマみたいだ。
しかし、この純朴さが強調されたヒデキは、アニメオリジナルキャラクターのモモエ兄と面白い対比を作っている。この兄は青年と同じく野球部だが、エースで四番。しかも好青年でも不良でもない微妙なイケメンぶりで、きっと学生時代は人気者だったろうと思わせる。農作業姿も、外見に微妙な気を使っている。しかし、そんな人気者でも都会に出ることはなく、農家のせがれとして埋没する。いかにも先日*4に言及した西原理恵子の自叙伝風マンガに出てきそうな光景だ。純朴さばかりではない田舎の一面を描くと同時に、少女兄の服装や言動で現代らしさを出す。
現代を感じさせる要素は他の場面にも散りばめられている。たとえば、ドラえもん達がどこでもドアで田舎へ移動した時、ビニールハウス間の通路に到着した。そうして現代の農村であることを最初から印象づける。青年が出稼ぎへ行く理由を語る時も、「今、景気が悪いだろ」という台詞で現代らしさを出す。
つまり、ヒデキとモモエは古風なキャラクターなままで原作の雰囲気を再現しつつ*5、取り巻く環境を現代化させることで現在でも通用する物語と示しているわけだ。取り巻く環境を克明に描くことで生活感を出し、ともすれば説教臭いドラマへ説得力をもたらす。以前に渡辺歩が手がけた「ベロ相うらないで大当たり!」*6と同じ手法だ。
そして冒頭と逆にカメラがトラックバックされ、無数の窓が輝く夜景で物語は閉じられる。それぞれの窓にそれぞれのドラマがあるのだと。


小道具を使った演出も巧い。
原作では微妙に違和感があった窓辺越しの録画対面を、カーテンを深く引くことで自然に見せている。この窓辺の光景では軽トラックをセルで描き、絶妙に印象づけている芸も細かい*7
しずちゃんのヤキイモで季節感を出したかと思えば*8、後の場面でヤキイモを登場させる前振りにしたのも巧い。家族の暖かさを記号化した、ごくありきたりな描写だが、レギュラーキャラクターの好物を用いることで、ぐっと自然に登場したよう感じさせる。


全体的に見て、良いアニメ化ではあった。
ただ、原作は登場人物を限界まで削り、ディスコミュニケーションとそれを覆す爽快感を強調していた。周囲を取り巻く家族まで描いて、コミュニケーションを描いた*9アニメの違いは大きい。窓越しに違う世界を見るという秘密道具の機能からすれば、原作のような展開が素直と思う。
しかし、携帯電話やインターネットが普及し、ある程度は田舎まで届くようになった現在、原作そのままでは時代遅れなのも否めない。青年と少女の別れと、一つ一つの窓に別々のドラマがあることを強調した今回のアニメも、これはこれで正解なのだろう。

*1:映画記念OPのためにテロップが小さくなり、下の名前が読めない……

*2:偽名でなければ失礼。

*3:原作では見送りがなく、断絶と孤独が強調されている。加えて、ヒデキの家族が冷たいわけではなく、貧しくて見送る余裕がないのだろうと思わせる。短い頁数で貧しさを印象づけなくてはならない短編マンガと、封筒に入れたお金のやりとりで貧しさを描写する時間があったアニメの差違だ。

*4:http://d.hatena.ne.jp/hokke-ookami/20091022/1256263048

*5:ここまで古風だと、二人は学校で浮いているんじゃないかと想像させるが、それも逆に二人が思いを通わせた理由かと思えたりして楽しい。

*6:感想はこちらhttp://d.hatena.ne.jp/hokke-ookami/20080912/1221425672ドラえもん達は観察と手助けをするだけで、ゲストが実質的な主人公をつとめるという物語構造からして共通している。

*7:ただ、結末でどのように原作を改変するか、ここで予想できてしまった。最初に視聴する時は、ことさら演出家の意図を推測するとオチがわかってつまらなくなることが多い。自戒しておく。

*8:ただ、しずちゃん頭部くらいに巨大なヤキイモといういかにも渡辺演出らしい極端なデフォルメは、後半の泥臭いドラマと比べて違和感あった。食いしんぼらしく演出したいなら、たくさんのヤキイモを両手でかかえる程度の描写で良かったと思う。

*9:そういう観点でいうと、ジャイアンのび太の怪我を心配するアニメオリジナル描写も、小さいながら原作とアニメの違いを表している。