法華狼の日記

他名義は“ほっけ”等。主な話題は、アニメやネットや歴史認識の感想。ときどき著名人は敬称略。

今いじっている選挙制度が奇跡的な政権交代などで自民党を決定的に不利にするようになったとしたら、自民党や支持者はどのような態度をとるのだろう?と疑問に思っていたけれど……

 先日から話題になっている東京大学の学長選考への態度が参考になるかもしれない。
東大総長選考は何が変だったか? (「国立大学学長(総長)選挙は何故いつも変なのか!?」続き)|Sho Kasuga

関文部大臣もこの問題に言及し「①意向投票が2回行われ、②2回とも1位が2位の倍以上の得票をし、③2回目は1位が過半数を得票した、という3要素」が揃っているにも関わらず、意向投票が無視されたのはおかしいと述べたという。
 しかし、この見解はいかにも不自然である。確かにその三つの要素を揃えているのは東大のケースだけかもしれないが、例えば昨年の新潟大の学長選考でも倍以上の差がついた一位を退けて二位の候補が学長に選ばれている(おそらく態々「①意向投票が2回行われ」という不自然な条件がついているのは、この新潟大学のケースを除外するためだろう)。また、広島大学のように意向投票の結果が非公開である。東大の直後に行われた筑波大のケースではそもそも意向投票が廃止されており、現職の永田恭介氏が選任された(永田氏がこの任期を満了すると国立大学史上最長の17年を務めることになり、SNSなどでは「終身学長」などの皮肉も聞かれる)。これらが問題とされずに、東大のケースだけが問題視されるのはいかにも不自然である。

 選考において意向投票を無視させるという非民主的な「改革」をおこなった自民党だが、そうして選ばれた東京大学の学長が女性だったことで生まれたインターネットの反発に媚びるように、東京大学のそれのみを問題視できるような複雑な基準をつくりだした。
 意向投票を無視できる現行制度が全面的に自民党に不利になったわけでもないし、そもそも政府との仕事が多かった東京大学の新学長が特に自民党にとって不利益になるわけでもなさそうだ。それでも恥ずかしげもなく制度そのものへの疑問視をはじめている。


 だからもし、比例代表のみの定数削減の結果として、今後に小選挙区の一部地域で自民党が敗北する時期がくれば、自民党は民主的な改革と称して比例代表の定数復活をおこなうかもしれない。
 それくらいのことは恥ずかしげもなくできるのが自民党なのだろうし、多くの支持者もそれを疑問に思わないだろう。今おこなおうとしている定数削減がそうであるように。