紫雨こころは母のためにカーネーションを贈ろうとする。母の日だからとメッセージカードを花屋でサービスされ、何を書こうか紫雨は悩む。咲良たちに相談しようとするとなぜかあわてていて……
脚本の稲葉央明という名前にまったく見おぼえがなく、検索すると格闘ゲーム大会の主催者が同姓同名で見つかる。偶然まったく同じというには少し珍しい名前だし、かといって変名で真似をした可能性も捨てきれない。いったいどういうことなのだろうか。
ともかくこの作品で最も幼い少女の視点によりそい、母の日を主軸にした家族のドラマとしては非常によくできていた。紫雨からして幼いころに父が亡くなっていて、妖精プリルンたちは果実から生まれるので母が存在しないという設定で、家族の形態がさまざまなことを地味に留意できているし、同時にその知識の違いで母の日について自然に説明できている。
回想とはいえ人の死をきちんと描いたことはシリーズではひさしぶりだし、生活水準が恵まれた家族が多いシリーズのなかでシングルマザーの母娘が祖父母と同居している紫雨家の幸福を描いたことで世界観の厚みが生まれている。やはりさまざまな階層からメインのプリキュアを登場させることは、エンパワメントの力があるのではないか。
さすがに紫雨が自分自身の誕生日を忘れていたことには不自然さを感じないでもなかったが、途中でサプライズパーティーの準備をしている咲良たちにニアミスする描写で伏線としては充分だろう。
映像面も力が入っていて、のもとゆうやの演出は戦闘後に帰宅した紫雨が部屋に入っていくところをシリーズでは珍しい主観視点で処理し、何が起きているのかよくわからない不安を描けている。背景美術の素材を拡大縮小する省力描写だが、ちゃんと奥にむかって進む雰囲気が出せていた。
作画監督は藤原未来夫がつとめて、いつもより華やかでいて繊細な絵柄を前面に出している。もともとキラキラ輝いているデザインの瞳に、いっそう多くのハイライトを散りばめている。そして悲しみや苦しみの表情がていねいに作画され、コメディタッチなデフォルメ作画も楽しい。
ただ一点、最後の浄化技がいつもの三人による歌で、センターがキュアアイドルのまま変化がないことは残念だった。せめてセンターを変えることくらい3DCGなら可能そうな気もするが、制作リソースやスケジュールの関係で難しいのだろうか。あるいは今回くらい、最後に加入したので使用回数が少ないキュアキュンキュン単独浄化技をつかって、キュアアイドルとキュアウインクは観客席で応援、みたいな変則的な描写はできなかったか。