メディアミックス企画は順調だが、歌種やすみ個人のアニメ声優としての新たな仕事は何もない。落ちつづけるオーディションのために時間をさいたことで、学校の成績にも支障が出てしまう。
そこでマネージャーからオーディションを禁じられ、学校生活に全力を出すことにした歌種は少しずつ成績を回復させ、文化祭の準備もとどこおりなく進めることができたが……
2023年12月に発売されたシリーズ9作目。TVアニメ化とあわせて漫画版の連載も再開された。
TVアニメ化の発表とあわせた発売だが、今回の主人公コンビが声優として仕事している場面はほとんどない。しかし仕事をせず主人公が学校生活で青春を謳歌することで、描かれない仕事の重みが逆説的に描かれていく。そうして5作目*1からシリーズのメインテーマとして浮かんできた、声優という不安定な仕事に対して未成年の主人公はどのような進路を選ぶかという問いに、ひとつの答えが出された。さすがに仕事として安定を確保する方法論などではないが、シリアスなキャラクタードラマの決着として説得力はあった。
また、小説で読むだけではいかにもライトノベルな誇張されたキャラクターと思っていた夕暮夕陽が、TVアニメ化で実体をもつように動きと声がつくと面白い女としての良さを感じさせ、そのフィードバックで今回読んだ原作の夕暮の奇行をこれまで以上に楽しめたような気がする。1作目から架空性の高いシリアスなドラマをひきうけてきた夕暮は、だからこそ今回のような一般的な悩みはすでに解決しており、歌種側が距離をとったこともあってメインストーリーにはからまないのだが、本筋からはなれた普段の声優描写に気軽な楽しさがあった。
主人公が尊敬する先輩声優が再登場して、役を獲得する強欲さをしめすためにオーディションでねらっている配役が何かという答えも笑った。おそらくベテラン女性声優がアイドル的なアニメキャラクターを今でも本気でねらってオーディションを受けているという実話から着想したのだと思うが、シリーズ1作目で主演をつとめながら10年後に同じシリーズの新たな主演を本気でねらうベテラン声優を思いつくのはすごい。その作中作は『プリキュア』シリーズを意識しているが、オールスター映画がつくられつづけて客演の多い『プリキュア』では同レベルのプリキュアの兼役は考えられない。もちろん過去のメインキャラクターやゲストプリキュアを演じた声優がプリキュアに抜擢される事例はあるが、さすがに異なるメインプリキュアを演じた事例はまだない。
ただ、今回に歌種が演技の楽しさを再発見する展開は予定調和だが、最終的にモブキャラクターの出番をメインキャラクターが奪ってしまうパターンにおさまってしまったのは残念。
ここはせめて名前のあるキャラクターの活躍を奪うかたちにして、オーディションで仕事を勝ちとることは他人の仕事をうばうことだというメインテーマとかさねれば、逆に仕事小説としての味わいが深まると思ったのだが。