法華狼の日記

他名義は“ほっけ”等。主な話題は、アニメやネットや歴史認識の感想。ときどき著名人は敬称略。

『サロゲート』

 義手や義足の延長として「サロゲート」という義体が普及して、多くの人々が自室にいながら遠隔操作して、安全な社会が運営されている近未来。しかし場末のクラブにむかった裕福な青年のサロゲートが何者かに破壊された時、遠くにいた青年も死亡した……


 2009年にディズニーが配給した米国のSF実写映画。グラフィックノベル、すなわち海外における漫画を原作としている。

 監督をつとめたジョナサン・モストウは『ターミネーター3』を担当して人気シリーズの停滞と以降の迷走をまねき、主演したブルース・ウィリスもこのころは微妙なB級映画ばかりに出ていたという、なんとも微妙な座組。
 シネマスコープだが尺は1時間半に満たない89分という短さも背伸びした安っぽさをかもしだす。しかし視聴すると適度に個性的でいて理解しやすいSF作品として、意外と悪くなかった。


 冒頭で猿が義手をつかうVFXの微妙な安っぽさに期待しづらくなったが、そこからはじまる「サロゲート」が普及した架空ニュースの連続はそれらしい映像になっている。おそらく既存の報道素材なども活用しているのだろうが、新規撮影した部分と比べた時の違和感もない。監督オーディオコメンタリーによると、原作は頁が進むごとに架空史の資料が挿入されるそうだが、映画では物語を寸断できないため冒頭にまとめるよう再構成したという。
 本編に入ると、本体は自宅に隠れて現実世界を「サロゲート」というアバターが歩きまわるSFが素直に展開されていく。前世紀のパソコン通信から現代のSNSまでつづく仮想社会を、現実空間で物理的に視覚化した映像として楽しい。冒頭で青年を性的にさそう美女の「サロゲート」を実際は肥満体の男性が動かしていたり、生身の危険はないからといって平気で危険な場所に乗りこんだり、日本のTVアニメで流行しているVRMMOでは避けがちな描写が多いことで、逆に現在でも新鮮に感じられる。誰もが正体を隠して同じ「サロゲート」に違う人物が入ったり、インターネットのハッキングを題材にした映画のような展開もある。
サロゲート」の活用に致命的なセキュリティホールが生まれたことで物語がはじまり、最終的に「サロゲート」技術がいったん終焉することで物語が閉じられたのは、1時間半未満の作品としては早すぎるが、群衆が一気にくずれおちる描写は絵として印象的ではあった。静的なカタストロフを描いて終わるところは『ターミネーター3』に通じる監督の作風かもしれない。しかし期待より良くできていたからこそ、セキュリティホールをつぶす結末にして、初期設定のままSF刑事ドラマをシリーズ化したものも見たいと思った。


 予算の関係もあってボストンで撮影しているが、近未来的な建物も歴史がある建物も残る舞台だからこそ、VFXでマネキンのように皺や染みをなくした俳優たちの微妙な違和感が映像としてきわだつ。パルクール移動も最短距離の移動ではなく機械らしく跳躍能力を活用し、カーチェイスは命の危険を感じさせない意識的に緊張感が欠けた動きで、この作品ならではの個性がある。生身の状態で雑踏に出ると他人との接触が怖くなるような感覚の変化もちゃんと表現している。
ターミネーター3』では娯楽映画史に残る他人のシリーズを茶化すだけで空回りしていたユーモアも、尺が短いこともあってか少なくて押しつけがましさがない。どうしても「サロゲート」のデザインは自身とかけはなれた美形にしているなかで、主演のそれはブルース・ウィリスにカツラをかぶせた姿という禿頭ギャグは苦笑した。