法華狼の日記

他名義は“ほっけ”等。主な話題は、アニメやネットや歴史認識の感想。ときどき著名人は敬称略。

『映画ドラえもん のび太と空の理想郷』が描いているのは、ユートピアやディストピアというよりコミューン

 例年より早く、公開から1週間後くらいに鑑賞した。おかげでネタバレらしいネタバレを見ず、新鮮な気持ちで見ることはできた。
doraeiga.com
 しかし田舎の平日の昼とはいえ、親子1組と大人2組くらいしか他の観客がおらず、しかも親子は途中で退席してしまった。
 他の感想を見ると、都会などはちゃんと満席の回も多いらしいので、地方の経済的な問題なのか……


 ともかく映画の内容だが、まず映像はTVSPの延長くらいの作りで、良くも悪くも違和感がなかった。2006年のリニューアル以降の映画はTVとはスタイルを変えることが通例なので、良い意味での映像の飛躍がなかったことは少し残念。
 しかしロングショットを多用した落ちついた絵コンテで、きちんと映画らしい映像にはなっている。キャラクター作画は全編とおして安定して群衆までよく動かしていたし、アクション作画の見どころも多い。


 ビジュアルで特に良かったのが、マリンバという女性キャラクター。ここまで有能でいてイタズラっぽく、自立したオトナの女性で、なおかつマスコットとしても魅力的な行動をとるゲストキャラクターは記憶にない。
 それだけオリジナリティがあるのに、これまでも映画の女性ゲストは優等生の美夜子やクールなリルルのような心身ともに年長なキャラクターが多かったので、違和感なくなじんでいる。
 なおかつ映画のなかでキャラクターが機能している。謎めいた登場と良好なアクション作画で中盤の見せ場をつくり、後半からは物語の伏線と状況説明を担当しつつコミカルなアニメーションで飽きさせない。
 デザインも魅力的で、鑑賞直前に訃報が流れたアニメーター木村貴宏*1の作画で見てみたいと心の底から思った。


 映画らしいタレント声優が、今年は誰もが違和感ないところも良かった。
 ソーニャはドラえもんの鏡像として最後まで活躍できていたし、女性教師もキャラクターにあった穏やかな声質で、中古業者のイヤミったらしい長台詞も演技の稚拙さに起因する不快感はない。
 山里亮太藤本美貴はそれなりにアニメ声優の経験をつんでいるが、声優初挑戦という永瀬廉もソーニャという複雑なキャラクターを演じきっていて、エンドロールを見て驚いた。
dora-world.com


 物語については、出木杉による歴史解説から冒険のはじまりは、シリーズのテンプレートにすぎないと感じられた。
 空というモチーフが意外と意味をもたないことも疑問だった。のび太の日常があまり飛行とむすびついていなかったり、敵の目的が空を飛ぶことと実は関係がなかったり。のび太の日常部分は、たとえば野球で足をひっぱって怒られるのではなく、凧揚げで他を邪魔して怒られるような描写にしても良かったのではないか。
 しかし移動手段としても冒険の拠点としても飛行船が魅力的に描写されて、飛行機と一体化した服ともども物語の最後まで活用されきったので、最終的な印象は悪くない。
 先述のようにマリンバが真意を明かした中盤で物語の時系列に見当がついてしまうが、だからこそ終盤のおさまるべきところにおさまる展開が心地よかったし、この作品に固有の印象的な情景も多い。タイムスリップをとりいれた作品ということは序盤から何度も念押ししているので、原作の同種の展開と比べて完成度が高いともいえる。


 さて、ユートピアが実体としてディストピアという展開は誰もが予想できるところだろう。そこで実際に鑑賞すると、全体主義国家というよりカルト宗教のような小さなコミュニティだった。
 ユートピアのパーフェクトな猫型ロボットがソーニャという名前ということもあってか、ロシアを連想している感想を見かけたが、共同体の規模や農本主義な思想からしてもヤマギシ会あたりが近い。
 物語全体の構造は、劇中で引用もされるトマス・モアの古典小説より、劇中で言及されない*2オズの魔法使い』を思わせる。その意味では、理想郷を統治する三賢人のモチーフもオズの魔法使いから引用しても良かったかもしれない。もっとも、子供も知っている作品だけに真相が最初からわかりやすくなりすぎる問題もあるか。
 しかし、ラスボスの醜悪に老いた正体は、もう少し考えたデザインにしてほしかった。原作者もたしかにラスボスは徹底的に記号的な悪役としてデザインすることが多かったが、そう描かれるだけの悪事をはたらかせていた。敵対者にそれなりの事情や思想がある時は、『竜の騎士』や『雲の王国』のようにむしろ美形な記号をデザインにつかっていた。

 特に今回の映画はラスボスを野比のび太の鏡像と位置づけ、クライマックスの真相開示も時間をかけてドラマチックにもりあげようとしている。であれば、デザインを似せつつ間違った道に進んだもうひとつの可能性として描くべきだったのではないだろうか。ドラえもんの鏡像と位置づけたパーフェクトな猫型ロボットのソーニャのように。たとえばラスボスを瓶底眼鏡をかけた美女のようなキャラクターデザインにすれば、終盤の印象が変わったろう。あるいは前半まで印象深く描写された女性教師がラスボスの正体という設定も面白いかもしれない。
 今回の映画は壮大な時間を跳躍しながら意外とドラマはミニマムにおさまり、『宝島』*3や『月面探査期』*4などより社会派テーマが縮小したことは好みではなかったが、それと作品の良し悪しは別だとも思う。だからこそ、そのミニマムさをきちんと構築してほしかった。


 また、特異な存在としてのび太が洗脳にかかりづらいことまでは理解できたが、ジャイアンしずちゃん*5まで説明なく洗脳が解けてしまう展開は好きではない。のび太がさまざまなものから影響を受ける時の遅さは、良い方向にも悪い方向にもはたらくから問題ない。しかしいったん洗脳がかかったならば、その解除に精神力以外の理屈をつけるのが原作のクールでドライな世界観だろう。
『宝島』でのび太が巨大なエネルギーをあびながら耐える描写は不評だったらしいが、今回と違ってその特殊なエネルギーが身体を傷つけるという設定は語られていない。設定の整合性という意味では強力な洗脳を説明なく脱した今回こそ問題がある。
 せっかく洗脳を解いていくアイテムも登場するのだから、それが遅れて効果を発揮するように物語のプロットを組んでほしい。たとえば過去にもどってドラえもんが落下した時にアイテムもいっしょに落ちたことにして、そこから過去の友人たちに遅行性で効果を発揮するようドラえもんが必死で努力した、といった展開が考えられる。あるいは序盤にたっぷり飛行船について解説した中古業者*6が、なんらかのかたちで助けに介入する展開なども考えられる。
 敵の陰謀を攻略するポイントが精神論で終わったため、説教くさく感じられる問題も生まれた。きちんと理屈だてて観客を納得させてほしい。

*1:シンエイ動画で『ドラえもん』関連の仕事を多くこなしていた米谷良知と関係が深いので、もし将来的に米谷監督が新作映画に呼ばれれば登板した可能性もあったかもしれない。 hokke-ookami.hatenablog.com

*2:さまざまな伝説や物語の理想郷を羅列するくだりがあるが、有名作『天空の城ラピュタ』を連想させたくないためか、同じように空を飛ぶ理想郷が出てくる『ガリバー旅行記』も言及されなかった。

*3:hokke-ookami.hatenablog.com

*4:hokke-ookami.hatenablog.com

*5:各キャラクターの欠点が語られる場面で、映画のなかでいっさい描写されない「強情っぱり」がしずちゃんの欠点とされたのも地味に良くなかった。今回の映画で「強情っぱり」なのは理想郷の存在を信じつづけたのび太だ。映画にも出てくる描写で考えると、風呂好きに象徴される潔癖症などを欠点にするべきだったと思う。

*6:登場は前半だけで終わったが、印象的なキャラクターなので、エンディングの一枚絵でローンのとりたてをする姿くらいは見せてほしかった。