法華狼の日記

他名義は“ほっけ”等。主な話題は、アニメやネットや歴史認識の感想。ときどき著名人は敬称略。

『リズと青い鳥』

 吹奏楽部のコンクールに向けた新たな曲が決まった。曲のモチーフとなる絵本に登場するのは、青い鳥が変身した少女とそれを助けたリズ。その少女ふたりがオーボエとフルートを担当する少女ふたりと重なりあう。しかし……


 山田尚子監督で2018年に公開されたアニメ映画。『響け!ユーフォニアム』シリーズの、サブキャラクターをつかった外伝的エピソードを、本編につづいて京都アニメーションが制作した。

 EDまでふくめてぴったり1時間半。日常の音を曲のように奏でる、まるで『ダンサー・イン・ザ・ダーク*1のような冒頭から、最後まで緊張感がつづく高精度の映像作品。
 吹奏楽しか考えられないよう登場人物が誘導されて視野をせばめたTV本編と違って、この映画では吹奏楽とは関係ない学校生活も並行して描かれる。この世界には図書委員が存在感をもっていて、吹奏楽部員へ図書室の論理で叱責できる。それは吹奏楽をとおしてでしか相手とつながれない側と、吹奏楽がなくても相手とつながりたい側の、望みとは裏腹の立場にいることを表現するため。
 パートごとの部員がバラバラに別れて吹奏楽の部品として自らを磨いていったTV本編と違って、個々のパートをとぎすませていく描写には時間をさかない。映画がはじまった時点で完成された人格が、それぞれの立ち位置を選んでいく。天才側のキャラクター視点で、あたかもコミュ障主人公の物語のように始まるところが発明だ。
 部活動のために部費を管理したり、先輩後輩のコミュニケーションをはかる。他の音が邪魔にならないよう校舎の各所に分断されて練習したTV本編と対比的に、遠くへだたれた相手を見つめて、受け答えもできる*2
 そのかわりに、TV本編の主人公でさまざまな事件を目撃して人間関係をつないでいった黄前久美子は完全にモブキャラのひとりに徹している。重要な背景として登場するが、映画のメインキャラクターと対話をこころみるのは高坂麗奈だけで、それも先輩の世界にさざ波を立てるだけで終わる。
 映像リソースのためでもあっただろうがTV本編では人のいない狭苦しい廊下が、個々が部品として別れていることを表現していた。しかしこの映画の廊下は、いつも吹奏楽以外の学生たちであふれている。それが映画のふたりだけの孤独感を強調する。


 TV本編より頭身が高く瞳が小さいキャラクターデザインに変更されたのでリアルな映像と感じるかと予想していたら、日常でも絵本のような柔らかいタッチの背景美術に、細く長い首のキャラクターで、TV版よりも人形のよう。イメージされる青い鳥はロールシャッハテストのような、左右対称で交換可能なシミのような、見る側の想いが投影できる抽象的な図形。
 繊細に描きこまれたキャラクター作画は、クローズアップやバストショットを多用する演出をささえている。さらに撮影効果*3でピントを外された背景はぼやけて、登場人物の興味関心がそこにないことをあらわす。世界よりも音楽よりも何よりも人に興味がある、そういう視点の物語だ。
 ただ、絵本を映像化した作中作パートは、もっと抽象的な本編とは差別化する手法で見たかった。京都アニメーションらしく力を入れられるところには力を入れて、3DCGモブが定着した現在に手描きのモブがきちんと動くことは驚いたが、たとえば止め絵や影絵だけで場をもたせることもできただろう。絵本世界を具象的に描いたのは、より抽象的な青い鳥などを浮き上がらせる意図があったのかもしれないが。

*1:hokke-ookami.hatenablog.com

*2:オーディオコメンタリーによると、楽器の反射でコミュニケーションする描写は脚本段階では存在しなかったようだ。ちょうど同年に制作された音楽テーマの韓国映画『スウィング・キッズ』にも似た描写があるが、偶然の符合なのか、それとも共通の着想元があるのか。

*3:オーディオコメンタリーによると、水彩画調で動くカットや、手描きのように途切れる描線、絵本パートの輪郭線の白抜きなども撮影効果でつくられているという。