法華狼の日記

他名義は“ほっけ”等。主な話題は、アニメやネットや歴史認識の感想。ときどき著名人は敬称略。

『王国の子』びっけ著

かつて大陸の西にある島で絶大な権力をふるい、次々に女性をとりかえては子を産ませた国王だが、いまは老いて衰えている。
そして順位が低いながら王位継承権をもつ王女は、王位継承者に必要とされる影武者を見つけなくてはならなくなった。
ふさわしい容貌をもつ少女がなかなか見つからないなか、芝居小屋で女性を演じる少年が部下の目に止まり……


2012年から2018年までアンソロジーITAN』に連載された全9巻の架空歴史劇。おそらく近代イギリス王室をモチーフに、すべての王位継承者に影武者がつけられる架空設定で娯楽色たっぷりに政争を描く。

異性の姿で潜入する主人公で歴史の過渡期を描いた作品として、冲方丁がメディアミックスを主導して2006年に放送されたTVアニメ『シュヴァリエ』を思い出した。

こちらは異性の影武者になる主人公をはじめ、さまざまなかたちで本物とは違う影武者と対比させて、互いのキャラクターを浮かびあがらせる。もちろん入れかわりを利用した騙しあいもあれば、入れかわりを知らない側がしかける陰謀もあって、期待以上に架空史劇として楽しかった。終盤2巻あたりは物語をたたむためだけに新たな登場人物を出した感はあったが*1、中編漫画として見事にまとまっている。
国王の権力をふるうためには国民の支持が必要だったり、挫折しつつも市民革命が肯定的に描かれたり、それでいて扇動にのる民衆の愚昧な一面も描かれたり、さらには影武者の秘密を知らない諸外国とのかけひきも展開されていく。王室の政争に閉じられた世界観ではないことが好ましい。
また、本物が死ねば影武者も始末される設定は悲劇性を増すためのものかと思ったが、終盤で歴史の流れとまったく関係のない始末が描かれたことで、印象が変わった。政争の中心にある王族らしく本物の死は美化されたり注目されたりするドラマにむすびつくわけだが、それに関連して何の意味もない誰も知らない死が描かれることで、死の実態はやはり虚しいものなのだと感じられた。

*1:ちょうど連載の終了と同年に『ITAN』も休刊しているようなので、計画外のことがあったのかもしれない。最終巻の発売を告知する作者のnoteを読むと、「このご時世最後まで描けたことがラッキーだったかもしれませんが、それでも最終巻あと少しページ数もらえたらな~とか色々ありました。」と、表現から葛藤が感じられる。 note.com