法華狼の日記

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『月曜のたわわ』全面広告単体について計量経済学者の田中辰雄氏が調査したシノドス記事は、「炎上」の全体像を誤解させるものでは?

「月曜日のたわわ」を人々はどう見るか/田中辰雄 - SYNODOS

議論ならば事実分析を踏まえるのが建設的である。このレポートはそれに資することを意図している。

まず、調査記事自体が無意味とは思わない。田中氏も「意外」と評している「クリエイターに広告を問題視する人が多い」傾向など、興味深いところもいくつかある。
しかしすでに何人かが指摘しているように*1、広告が「炎上」した経緯について、田中氏が調査した枠組みには疑問をもたざるをえない。

最初に、誘導を排した初見での反応を見るため、この広告が論争になっていることは伏せて次のように聞いた。

Q1 下の絵は4月のある月曜、日経新聞の1面を全面をつかった広告として出たものです。「月曜日のたわわ」という漫画の登場キャラが「今週も素敵な1週間になりますように」と述べています。左下をみるとこの漫画の宣伝でもあることがわかります。あなたが新聞でこの広告を見たとして、なにかまずい問題を感じるでしょうか。感じないでしょうか。

単体で先入観なく評価させる最初の質問まではいい。しかし以降も追加質問をふくめて、日経広告の一面にかぎって田中氏は評価をもとめている。

背景説明なしに問題を感じるかと問うことは、誘導を排し、かつ包括的である利点があるものの、何を問題視しているのかがわからないため趣旨が曖昧になる欠点がある。

Q2 日経新聞に載ったこの広告については、女子高生を性的に扱っており問題だという意見と、この程度なら表現の自由の範囲で問題ないという意見が対立しています。これについて以下でいくつか意見を述べます。

広告で宣伝されている漫画の内容を追加で説明して、あらためて質問はしていない。日経がサラリーマンを読者と想定しており、それが漫画の内容と重なることの注意喚起もおこなっていない。
既読かどうかで評価が異なるかは調査しているものの、有意な差がなかったことをもって、内容は問題ではないという示唆を読みとっている。

4)ではこの漫画「月曜日のたわわ」を読んだことがあるかどうかを聞いた。この広告への批判のなかには、広告中の絵柄ではなく設定やストーリーなど漫画の中身を問題視するものがある。

この漫画を読んだ人でも読んでいない人でも広告への評価に差がないということは、漫画の中身は問題ではないことを示唆する。

しかし一般的に、商業的な娯楽作品は好ましいと思って読むものだろう。読者でも問題と思う評価が変わらなかったことは、むしろ楽しみつつ問題と評価する層の多さをうかがわせる。
一応、勉強熱心なクリエイターのように好ましくなくても漫画を読む可能性はある。しかしどのような属性の人物が既読なのか、田中氏の調査ではよくわからない。


何より、今回の日経広告がインターネットで「炎上」したのは、新聞紙面がSNSでアップロードされて注目されたためなどではなく、漫画やアニメのニュースメディアが配信したためだ。
「月曜日のたわわ」全面広告が日本経済新聞に「不安を吹き飛ばし、元気になってもらうため」(コメントあり) - コミックナタリー

「月曜日のたわわ」は、月曜日が憂鬱な社会人に向け、豊満な体型をした女子を中心に描かれるショート作品。

ヤングマガジン編集部は「4月4日は今年の新入社員が最初に迎える月曜日です。不安を吹き飛ばし、元気になってもらうために全面広告を出しました」と語っている。

このコミックナタリー記事は、公式ツイッターでも「不安を吹き飛ばし、元気になってもらうため」というコメントとともに画像も確認できるかたちで告知されていた。

コミックナタリー記事を読んで、さらに実際に漫画の内容や作者の発言を照合する動きもあった。『月曜日のたわわ』は広告にあるようにツイッター発の漫画ということもあり、インターネットがつかえれば内容の概要をつかむことは難しくなかった。


つまり新聞の読者しか見られない一面広告だけが注目されて「炎上」したわけではない。
まず漫画やアニメの話題全般に興味がある広い層に注目され*2、その価値観もすぐ把握できる状態だったところで、広告の文脈が読解されて「炎上」していったと考えるべきだろう。
その経緯について、経営やジェンダーの専門家である治部れんげ氏*3に取材したハフポスト記事は、漫画の内容が付随するかたちで日経広告が広められたことを説明していた。
「月曜日のたわわ」全面広告を日経新聞が掲載。専門家が指摘する3つの問題点とは? | ハフポスト NEWS

コミックナタリーは同作を「月曜日が憂鬱な社会人に向け、豊満な体型をした女子を中心に描かれるショート作品」と紹介する。

ヤングマガジンはコミックナタリーに「4月4日は今年の新入社員が最初に迎える月曜日です。不安を吹き飛ばし、元気になってもらうために全面広告を出しました」とコメントしている。

治部氏は広告単体でも問題があるとしつつ「今回の全面広告は、女子高生が胸を腕で隠すなど、『いまの日本が持つ基準内で問題にならないように』工夫した形跡があります」とも評価している*4
田中氏が調査したような広告単体での評価なら、内容と照合した批判は少なかっただろうことは先行するハフポスト記事でも示唆されていたのだ。


付随する説明で印象が変化することは、先日に書いたエントリで余談として注記した。
ハフィントンポストが「温」の性加害を無視しているという陰謀論の後日談 - 法華狼の日記

男性向けの性的イラストとして描かれていることも事実だろうが、同じ一枚絵でも、たとえば掲載紙が少女漫画誌であれば同性の活力ある友人に元気をもらう的な受容が考えられたろう。日経に掲載された広告でも単体ならば、作品の内容にまで多様な解釈を許したかもしれない。休日明けの月曜日、両親にあいさつして元気よく登校する娘の姿などと解釈すれば、違った受容になったはずだ。

上記では書かなかったが、田中氏が注目した世代差も、同世代の少年向けと解釈されたならば印象が変わるだろう*5。同じジャンルの漫画で日経広告を出しても、『月曜日のたわわ2』と同時にアニメ化された『がんばれ同期ちゃん』であれば、また少し違ったのではないか。

せっかく田中氏が後から調査するなら、コミックナタリーの説明や編集部のコメントの有無で評価が変わるか、治部氏が指摘した国際機関との関係について評価はどうか、そういったところも調べてほしかった。それで有意な差が出るにしても出ないにしても、経緯に即した議論の助けになったはずだ。

*1:はてなブックマークでは、後述するコミックナタリーの存在をid:sskjz氏、id:maruX氏、id:yzkuma氏、id:nui81氏が明示的に指摘している。逆に、id:jdfi39kpz氏のように「広告単体が問題ないから、掲載意図が作品内容がと広告から読み取れない情報を探さないとダメな理由が見つからない始末」と広告単体での評価を求めるコメントもある。 [B! 統計] 「月曜日のたわわ」を人々はどう見るか/田中辰雄 - SYNODOS

*2:そのコミックナタリーの想定読者にとどいた時点で「炎上」したのか、それとも注目されて話題になった後で「炎上」したのか、ツイッターの動きまでは細かく把握することができなかった。

*3:はてなアカウントはid:rengejibu

*4:ちなみに、作品単体については個人の判断であり、法規制には反対ということも明言している。治部氏が重視したのは、日経が参加した枠組みに抵触することで、「守るつもりがないなら、その枠組みから外れるのが筋です」とのこと。ハフポストで日経新聞掲載の広告について問題点を解説しました - rengejibuの日記

*5:他に、世代差については一部で話題になっている日経の別広告の閲覧データも連想させられる。女性をエンパワーメントすることを目的とした広告が年齢が高くなるほど注目される傾向があり、興味関心が高い女性でも20代以下のみ注目が弱いらしいのだ。つまりイラストであることやその絵柄とは異なる理由の可能性も考えられる。 UNSTEREOTYPE ACTIONに込めた思い | 新聞広告 | 日経マーケティングポータル