法華狼の日記

他名義は“ほっけ”等。主な話題は、アニメやネットや歴史認識の感想。ときどき著名人は敬称略。

天動説を地動説がくつがえした歴史は、専門知を軽視してもいい根拠にならないよ

はてなブックマークで専門家の知識の蓄積を指摘したコメントに対して、「はてな民」と大きなくくりで専門知の軽視と矛盾するかのように主張する匿名記事があった*1
「なんで自分が何十年とやってる専門家より知識があると思える?」

https://b.hatena.ne.jp/entry/s/gendai.ismedia.jp/articles/-/84256
jamira13 根本的になんで自分が何十年とやってる専門家より知識があるなんて思えるんだろう?
2021/06/27

はてな民がそれ言っちゃう?????


あらゆる政策とか、
最近ならウイルスの特徴や対策やワクチンの性能について、
「何十年とやってる専門家」に反論したりなんなら上から目線で説教したりしまくってますよね????

しかしjamira13氏や、はてなスターをつけた人々は、匿名記事がいうように矛盾するほど専門家を軽視していたのだろうか。
印象論をいえば、はてなユーザーは比較的に専門家へ敬意をもつ人が多い*2。そもそも何らかの専門家のはてなユーザーもいる。


また、知識の多寡と批判の意義は少し違う問題だろう。
専門家の言説に批判するべきところがあると考えることと、同時に専門家が批判者より知識でまさっていると考えることは、必ずしも矛盾しない。
実際に匿名記事が例示する専門家の誤りは、知識以外の問題があるものばかりだ。

たとえば中国とか北朝鮮歴史学者は当局の方針に合わない学説や発見なんか絶対発表できてないけど、それはどうすんの? 

専制国家じゃなくても世の中の風潮や価値観がバイアスになって特定の主張や説が過小評価されたり黙らされたりなんてこたーざらにあるじゃん。

あえて専門家を詐欺師にたとえてみよう。明らかな嘘をつく詐欺師でも、何十年もやっているならば、その蓄積をもって妥当な批判をかわせるかもしれない。
批判の対象を見くびらないことは、相手が専門家でなくてもたいせつなことだ*3


そして天動説と地動説の具体例で、匿名記事が少なくとも科学史は軽視していることが明らかになった。

星の観察データは誰でも取れたのに長らく天動説が主流だったのはなんで?

思い込みや当時の社会の価値観がバイアスになってたからでしょ。 

地動説が発見されたのは何で?

何十年もやってる先輩や何百年も決まってきた相場を疑ったやつがいたからでしょ。 

はてなブックマークでもid:delphinus35氏が「当時は観測された天体の運動を天動説の方が正しく説明できた。しかし天体望遠鏡の発達によってまた矛盾が見つかり、今度は地動説がそれをうまく説明できた」と簡単に説明している。
天動説は観測と学説が矛盾しないよう動く法則を追加していったし、それと対立した初期の地動説は追加した法則を省略することしかできなかった。
天動説とは - コトバンク

観測が精密化するにつれ惑星運動の特異性を説明するため周転円や離心円を導入するなど,さまざまな工夫が試みられた。

正確な観測には望遠鏡の発展も重要だったし、星の動きが楕円と考えて観測と計算を一致させるために数学の進歩も必要だった。
地動説とは - コトバンク

コペルニクスの発表(『天球の回転について』1543)後、ローマ教皇庁の強権的圧迫を受けたにもかかわらず、近代科学発展の原点ともなった。ガリレイの望遠鏡による実証(1609)、ケプラーの公転に関する三法則の提唱(1619)、ニュートン万有引力に基づく軌道解析(1687)などを経て、ブラッドリーの光行差の発見(1727)、ベッセルらの年周視差の検証(1838)によって、地動説は確固たるものとなった。

「星の観察データは誰でも取れた」わけではないし、そもそも「何十年もやってる先輩」が天動説側だけというわけでもなかった。
つまり地動説は、数十年の専門家による知識と考察の蓄積をひとりの懐疑が一朝一夕でひっくりかえした事例ではない。たとえきっかけの疑問は新しくても、実際にひっくりかえすまでには相応の努力と時間が必要だった。


ホメオパシーのような代替医療にしても、その治療効果が否定されるにあたっては、それこそ数百年を超える医学の蓄積を背景としている。
専門家が無謬と考えるべきではないし、懐疑すべき場合も批判すべき場合もあるだろうが、それは専門知へ敬意をもつことと相反しない。

*1:引用時、太字強調を排した。

*2:むしろそれが権威主義的として批判されるべき場合もあるだろう。

*3:また少し違う話だが、逆に専門家同士で争いがある場合もある。どちらの専門知の蓄積に軍配をあげるかという争点は、極端にいえば匿名記事が例示しているホメオパシー論争でもかかわってくる。今回は深くふみこまないが。