法華狼の日記

他名義は“ほっけ”等。主な話題は、アニメやネットや歴史認識の感想。ときどき著名人は敬称略。

『NHKスペシャル』ドラマ 星影のワルツ

2011年3月11日、福島県南相馬市の自宅で避難準備をしていた夫婦が、そのまま2階で津波に押し流された。夫は自宅の屋根にはいあがるが2km沖まで流され、孤独をかかえながら生きのびる……


十年前の東日本大震災の実話*1にもとづき、NHKが1時間で資料映像をまじえながらドラマ化。3月7日に初放送され、3月11日早朝に再放送された。
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当時はあまりにも多くのことが報道されたためか、この出来事は記憶に残っていなかった。今回のドラマにしても、多くの悲劇と無力のなかで少数の奇跡や美談ばかり注目するだけなら疑問を感じたかもしれない。
そこで実際に見たところ、当時から現在までつづく社会を描いた寓話として、意外とよくできたドラマだった。孤立して漂流した人物の低い目線をとおして、情報を遮断された状況の無力感が追体験できた。


避難がまにあわなかったのは、種もみを守ることを優先し、高さ50cmという初期の津波情報に油断したため。妻とくくりつけた紐はちぎれ、ひとり屋根にはいあがる。
ヘリコプターに助けを求めても通りすぎられ、別れた家族の情報もえられない。妻が服に入れてくれた栄養ドリンクはすぐなくなり、小便で渇きをいやす。濡れた服にこごえ、流れてきた乾いた布団にくるまる。
二畳くらいしかない屋根の上で、ひざをかかえて座る主人公。その姿は、避難所でせまいスペースに座りこむ被災者の意図せざるデフォルメだ。


漂流する海上から遠くで爆発する原発を見た主人公が、大変なことになったと感じつつ何もできない距離感も印象的だ。美化であれ風刺であれ、現場を詳細に描写する作品より、ずっと一般人の無力感にそっている描写と思えた。
さらに東京でくらす娘夫婦の描写を挿入して、交通機関がつかえない問題くらいしかない都市部の違いも対比する。もちろん両親の心配はするが、TVニュースでお台場の火災が報じられても夫婦はたんたんと食事をつづけて見向きもしない。
主人公は妻との思い出にひたって命をつなぐが、作中の現実として描かれるのはディスコミュニケーションばかり。当時から現在まで震災言説が「絆」を賞揚しがちななかで、貴重なメッセージをもった作品だ。見ている私も、震災と被災者について何も知らないことを、あらためて実感できた。


主演は遠藤憲一。ちょうど当時に漂流したモデルの人物とほぼ同じ年齢で、泳げないのに水中でもがいたり、ゆらゆらゆれる海上セット上で一人芝居を熱演する。
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NHKのドラマらしい、主張しすぎないVFXも大健闘。特に2階から見る津波の、濁流が田畑や住宅を飲みこんでいく主観カットが印象的だ。
とおりすぎるヘリコプターや、主人公に近づいてくる自衛艦も、空気感が画面から浮かずになじんでいる。