海外で絶賛されるほどの存在でありながら、いまだ正体がはっきりしないとされる浮世絵師、東洲斎写楽。
その正体をめぐる珍説奇説をさまざまな手法で物語化していく連作短編。商業作家なのに、なぜか文芸社から2016年に出版された。
- 作者: 高井忍
- 出版社/メーカー: 文芸社
- 発売日: 2016/11/01
- メディア: 単行本(ソフトカバー)
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自分たちが登場人物と自覚している偉人たちが写楽の正体あつかいされて困ったりするパロディ歴史小説もあれば、流布した珍説奇説が現代まで禍根を残している歴史作家八切止夫が登場する歴史小説もある。
同じ著者の『本能寺遊戯』*1の女子学生3人組が登場する一編もあり、あいからわず景品目当ての思いつきの珍説と真面目な通説を戦わせる。
そうして能役者が正体とされる通説の強固さを指摘していくわけだが、俎上にされる珍説奇説の紹介もけっこうバカバカしくて楽しい。以前に読んで好感触だった島田荘司『写楽 閉じた国の幻』*2の真相も、いくつもの先例があったことを初めて知った。そうした珍説奇説を排除していく検討そのものも、よくできた消去法推理を読むような面白味があった。
さらに、検討のなかに情報や伏線をちりばめ、過去の珍説奇説と同じくらいには説得力があり、かつ意外性が増している新説を提示していく。オーソドックスな歴史ミステリとして成立しつつ、自覚的に砂上の楼閣をつくりあげる現代ミステリらしさがある。
やがて、東洲斎写楽の資料は同時代の浮世絵師と比べて少なくないことや、海外での高評価なるものが資料の歪曲によるものと指摘して、正体探しの枠組みそのものに異論をとなえていく。
つまり人々が通説を無視した正体探しに狂奔するのは、実態と乖離した高評価にふさわしい正体を求めているから。そこで批判されるのは、欧米の価値観で日本を高評価してもらいたがる国粋主義のねじれ。
日本文化の過大評価を求めて歴史をねじまげようとすることを、「歴史修正主義」という単語を使って正面から批判する小説はなかなか珍しい。
それと同時に、正体探しの枠組みを崩す展開からも、ちがった角度から意外な新説を成立させてみせる。偽史批判が、娯楽性を壊すどころか支えていく構成に感服した。