法華狼の日記

他名義は“ほっけ”等。主な話題は、アニメやネットや歴史認識の感想。ときどき著名人は敬称略。

『ハードコア』

男が目覚めると、近未来的な寝台に横たわり、妻に義手をつけられているところだった。そこを襲撃してきた敵から逃れ、味方と名乗る第三の男に誘導されて、男は妻をとりもどす戦いへ身を投じる……


全編FPSゲーム的な映像のみで構成した、2016年のアクション映画。ロシア出身のイリヤ・ナイシュラー監督が、インターネットで注目された自身のMV*1を長編に発展させたという。

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監督自身もロックバンドをやっているそうで、今年『ボヘミアン・ラプソディ』で再注目されたクイーンの楽曲がクライマックスにかかったりと、全編PVのノリでつっぱしる。


同じくPOVアクションで注目された2017年の韓国映画『悪女』は長回しを特色として*2、POVをやめてからもカットを割らなかった。対して『ハードコア』はジャンプショットで小刻みに時間を飛ばしていく。
世界観はいかにもゲーム的なリアリティで統一され、現代的な街並みにサイボーグや超能力者やクローンがいりみだれる。次の移動場所を指示されると同時に移動手段がトコトコ歩いてきたり、パロディ的といっていいほどだ。
そんな誘導されるまま時系列どおりイベントを消化していくアクションゲーム的なストーリーだが、間延びする場面を削り、アクションにバラエティがあって、1時間半を超える尺でも単調に感じさせない。
視点を限定したPOV作品にありがちな低予算感もない。先述の移動手段ギャグのためだけに生身の馬をもってきたり、敵兵器のひとつとして戦車一両を動かしたりする。廃墟の戦いでも敵の数は多く、使われる火薬はさらに多い。スタジオセットをロケとつなげるVFXも自然だ。


物語の構造も良い意味で『悪女』に先行している。いかにも女性を守る男性という恋愛がモチベーションになりそうな導入から、ホモソーシャルなドラマへつながっていく。
男性の主観視点のみで構成されているため、たぶんベクデルテストはパスしないが、娼館の女性用心棒らしきコンビの活躍が映ったりして、視界の外に違う世界が広がっていることも感じさせる。
そして主人公は、あらかじめ記憶を失われ、自身の経験の独自性をも失い、味方がクローンと知りながら、アイデンティティを再構築していく*3
つまりはSF設定を使った古典的な兵士のドラマであり、ゲームプレイヤー的な顔のない主人公のドラマでもある。


ただ致命的につらい問題として、主人公がプロフェッショナルゆえカメラワークは流麗で意外と落ちついている『悪女』と比べ、主人公は身体能力を強化されつつも状況にゆるがされつづける『ハードコア』のカメラワークは不安定だ。
状況が動きつづけるため画面が静まる場面もほとんどなく、敵から身を隠すために左右の振動に上下動がくわわり、迫真性とひきかえの画面酔いがすさまじい。
終盤は吐き気との戦いにせまられながら鑑賞する羽目になった。

    ぅぉぇっぷ
  /⌒ヽフ
  /  rノ
 OO_);゚。o;,

……なんとか勝ったが、危ないところだった。

*1:The Weeknd - False Alarm - YouTube

*2:『悪女/AKUJO』 - 法華狼の日記

*3:タイトルは主人公の名前を入れた原題の『ハードコア ヘンリー』にするべきだと感じた。邦題がSEO対策などで余計な副題までつける傾向にあるのに、なぜ情報をわざわざ削ったのかわからない。