国際法学者の大沼保昭さんが死去 戦争責任などを研究:朝日新聞デジタル
95年に設立された「女性のためのアジア平和国民基金」(アジア女性基金)の理事として、元日本軍慰安婦への「償い事業」に取り組んだ。
安倍晋三首相が15年に戦後70年の談話を出した際には、国際政治学者ら70人余の発起人代表として声明をまとめ、「日本の戦争は違法な侵略戦争だったと明確にすべきだ」と訴えた。
晩年まで上記のような活動をおこなっていた大沼氏だが、下記のように学問の自由を侵害する活動にも協力していた。
「歴史家」であることすら怪しい19人が米国教科書へ訂正要求をおこない、そこにアジア女性基金理事が連携している問題について - 法華狼の日記
【詳報】「強制連行があったとするマグロウヒル社の記述は誤り」従軍慰安婦問題で、秦郁彦氏、大沼保昭氏が会見 (1/2)
このBLOGOS記事で、会見を開いたのは秦氏だけでなく、アジア女性基金の大沼保昭氏もならんでいたことがわかった。17日、秦郁彦・日本大学名誉教授と大沼保昭・明治大学特任教授(元アジア女性基金理事)が会見を行い、同日付けで公表した「McGraw-Hill社への訂正勧告」について説明した。
妥協したなりにアジア女性基金の価値はあったかもしれないのに、それを理事自身で壊してしまいたいのだろうか。
引用部分だけなら民間の勧告にとどまるという解釈をされそうだが、現在の日本政府に近しい有力者の活動であること、直前に日本の外務省が動いていたこと、その主張が学術的知見に反していたことは考慮されるべきだろう。
単純に複数の意見の中間を選ぶだけでは、加害を否認しようとする側の、事実を歪曲しようとする側の、そして権力がある側を助けることになる。
たとえ意識していなかったとしても、いやむしろ難しさを意識しないかぎり、斜面に対して直角に立つだけでは坂を転がり落ちることになる。
バランスをとろうとして複数の対象を批判しただけでは、権力を後押しする言説ばかりが利用されて、権力に抗する言説は目立たなくされる。
大沼氏が「バランス」を意識していた証拠に、2014年の朝日新聞インタビューで、下記のように語っていたことがある*1。
http://www.asahi.com/articles/DA3S11086600.html
「戦後日本の歩みは世界で類をみないほどの成功物語でした。日本にはそれだけの力がある。どんな人間だって『誇り』という形で自分の存在理由を見つけたい。メディアがそれを示し、バランスのとれた議論を展開すれば、日本社会は必ず健全さを取り戻すと信じています」
この「バランス」が、下記のようなコメントで高評価されていることが、きわめて象徴的だ。
はてなブックマーク - (インタビュー)日本の愛国心 明治大学特任教授・大沼保昭さん:朝日新聞デジタル
id:Day-Bee-Toe さすが。これが本物のリベラル。日本のことは何でも否定的に語り、反撥する者を罵倒する高圧的な連中とは訳が違う。 (インタビュー)日本の愛国心 明治大学特任教授・大沼保昭さん - 朝日新聞デジタル
なお、仮にも被害者を支援する事業を動かしていた大沼氏を、加害国の一市民にすぎない私が全否定できるとは思わない。
大沼氏がアジア女性基金において被害者支援をおこなったことは、妥協の産物であったとしても過ちではなかったと思いたい。過去をふりかえる著作を読んだ時、いくつかの疑問をおぼえつつも、信念をもって身を削るような活動をしていたこと自体は事実だったと感じられた。
「慰安婦」問題とは何だったのか―メディア・NGO・政府の功罪 (中公新書)
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また念のため、当時に支援運動の内外で直接的に大沼氏とかかわった人々や、研究者という側面から深く知る人々には、さらに違った印象があるだろう。私の印象が大沼氏の全体像をとらえているとは思わない。
しかし私が報道や著作をとおして知る大沼氏は、妥協に対する批判という予想された反応に耐えられず、社会の傾きに流されるように陥穽に落ちこんだままだった……晩年の大沼氏の活動や言説を読み返して、そのように感じるのだった。