法華狼の日記

他名義は“ほっけ”等。主な話題は、アニメやネットや歴史認識の感想。ときどき著名人は敬称略。

『ドラえもん』クジラとまぼろしのパイプ島

ドラえもんの誕生日をひかえて、のび太は夏休みの最後にどこかへ行きたがる。しかし父親は旅行に連れて行ってくれず、しかたなく遠くの海を室内にもってきて釣りをすることに。
そこで謎のオカリナとクジラを釣りあげたことで、その正体をさぐるため、のび太たちは7000年をさかのぼる。たどりついた場所にはパイプがはりめぐらされた謎の島があった……


今年の誕生日スペシャルは、中編にふくらませるアニメ化*1で素晴らしい仕事をしてきた山口晋がコンテ演出。脚本は2017年リニューアルから参加している福島直浩。作画監督は通常ローテのエース級が分担しているところに、桝田浩史がエフェクト作画監督として参加。
一頭だけ異なる周波数を出す世界一孤独なクジラ*2という現実の不思議から始まり、ひとつの島を舞台としたSFを展開。そこから時代を超えたテーマをアニメオリジナルストーリーで描きだした。


まず映像が最初から最後まで、過去の誕生日SP*3から期待できるレベルをさらに超えてきた。
クジラが崩落に巻きこまれる冒頭から、海中の岩石が立体的かつ重々しく作画される。予告映像では破片が細かくとも薄っぺらかったクジラの屋根つきやぶりだが、本編では潮をふくまでが1カットで、その質感の変化込みで楽しい映像になっている。
のび太が今回のゲストキャラクターと初めて出会う場面では、パイプを運ぶだけの行動が、キャラクター描写として魅力的。ひきずって走るナーナの重心を意識したアニメーションから、ジャイアンスネ夫の力の違いを意識した持ちあげる作画、さらにタケコプターで自然に飛ぶしずちゃんなど、それぞれが全力をつくすドラマとして、その肉体の違いを表現する演出として、完成度が高い。
島が崩壊していく後半も、ディザスター作品として楽しめる映像になっている。巨大な水蒸気爆発のエフェクト作画は立体的で、海底から突入する作画はアクション性が高い。崩壊を遅らせるため島全体が凍結するビジュアルもSF的で楽しい。のび太たちが救出されるクライマックスは、TVシリーズでは珍しい手描きのタッチを表現していて、動きのダイナミックさともども印象に残った。
デザインワークも全体的によくできていた。ピトの乗っていたポッドから文明が始まったという設定で、島全体のモチーフが自然とパイプにしぼられて、統一感があるし物語になじんでいる。異文明から来たピト*4だけが島のなかでも浮いていて、他の島民はナーナもふくめて地味だから、のび太たちがビジュアルで埋没しないこともよくできている。


物語は、いくつか元ネタがありつつ完全アニメオリジナルだが、これも納得できる完成度だった。
秘密道具はもちろん、ピトの技術やアイテムも単発の描写で終わらず、物語のなかで応用を見せていく。それが異文明の技術が作中の社会に根づいている印象をもたらして、その技術を使いこなす島民も助けられるだけではない自立した存在となる*5
象徴的なのが、お座敷釣り堀で冒険が始まり、最後の危機も回避される構成の美しさ。クライマックスでいったんのび太とピトのドラマにしぼりつつ、その最後の回避でジャイアンたちの見せ場をつくる。名も無き島民たちも、先進技術のおこぼれをもらうだけでなく、全力をもってピトを救う。それがピトの島への愛着への説得力を高める。自立した島民の姿を描きつづけたから、技術が失われた後を描写せずとも、生きのびた後日談に説得力がある。
ピトの凍結技術を初登場時のトラブルをとおして説明し、ふりかえるかたちでクジラが孤独に生き残った冒頭が説明され、あらためてクジラがなぜ崩落するような場所にいたのかを語る展開もいい。物語を動かしながら自然に設定が説明されて、それが物語の本筋へとつながっていく。その凍結技術は先述したように崩落が始まった局面でも応用される。
そしてそのように無駄なく濃密な物語だからこそ、ピトの来歴が未解明なままでも納得できる。異邦人の背景に何があろうとも、もたらす利益が期待できなくなっても、同じ世界に生きる仲間として尊重すべきことに変わりはない。
危機におちいった人々へ手助けする大切さ。異なる個を受けいれる社会の柔軟さ。故郷を失っても生きていける人の力強さ。現代社会に重要ないくつものことが、娯楽作品に無理なくこめられていた。