法華狼の日記

他名義は“ほっけ”等。主な話題は、アニメやネットや歴史認識の感想。ときどき著名人は敬称略。

『映画ドラえもん のび太の宝島』

秘密道具の地図で見つけた宝島へ向かって、のび太ドラえもんは船出した。その目的地には新しい島が生まれていて、その火口に謎の人影があった。
船が島にたどりつくと、謎の海賊が襲撃してきて、しずちゃんを別人と間違えて拉致。とりのこされたドラえもんたちは、海にただよう少年を発見する。
しずちゃんは自分と似た少女セーラにかくまわれ、海賊の移動基地内で情報を集める。一方、のび太たちは助けた少年フロックとともに海賊の移動基地を追う……


TVアニメ各話演出で活躍している今井一暁監督の初長編作品。シリーズ興収記録をまたしても更新し、3年連続で上昇という記録を達成した。
大ヒット航海中!『映画ドラえもん のび太の宝島』公式サイト
前作のおまけ映像を見た時点では『南海大冒険』のリメイクかと思い*1、初期の予告からは2005年のリニューアル以前の作画スタイルに戻ったと感じていた*2
実際、それぞれの印象通りの内容ではあったが、全体として少しずつ予想を超える内容だったことと、きちんと細かい粗をつぶして物語に没入しやすくした娯楽として完成していた。
先々月の簡単な感想で書いたとおり、おどろくほど過去シリーズをふまえていて、社会的メッセージも充分にあった。物語の収束にからんで残念なところもあったが、総合的には良作という印象だ。
『のび太の南海大冒険』+『天空の城ラピュタ』+『風立ちぬ』=『のび太の宝島』 - 法華狼の日記
脚本を担当した川村元気についてはくわしくないが、前評判よりは良かった。いかにもプロデューサー出身の企画を優先したモチーフ選択と思ったし、笑いと感動の配置にはあざとさを感じたが、それゆえの娯楽作品としての満足感は用意できていたし、原作ファンをくすぐる要素もきちんと押さえていた。ドラマとしては父と息子の相克に収束しつつ、さまざまな女性を場面ごとに活躍させるバランス感覚も、現代の観客を意識したプロデューサーらしさといえるだろう。
作画も演出も良好。東京湾を船出する場面などは長々とした横PANで水平線を印象づけ、湾一面に浮かぶ船で実在感を演出する。海面も3DCGにたよらず、ちゃんと手描き作画で情景にあわせて波を表現していた。アクションにも力が入っていて、海賊との追跡劇はどれも空間の広がりを感じさせ、エフェクト作画ともども現代アニメとして水準を超えていた。


まず先例となる『南海大冒険』だが、原作者没後の1998年に、映画スタッフだけでつくった初オリジナルストーリー映画だ。作画の良さや娯楽的な見せ場の多さで期待したが、時間犯罪者が全ての黒幕という安易な真相と、戦いをギャグとして処理する作風が好みにあわなかった。
比べると『宝島』は、当時に期待していたものを見られたという満足感がある。敵首領のキャプテンシルバーが時間犯罪者なのは変わらないが、その情報は初期から示唆しており、動機の謎で物語への興味をひく。その動機もシリアスに設定してスケール感が損なわれなかった。
物語において、ドラえもんたちの奮闘はフロックを支え、ゲスト家族のドラマとして収束していく。レギュラーキャラクターが活躍しつつもドラマの争点から外れている問題や、フロック最大の奮闘がハッキングなので絵として地味といった問題を感じないでもないが、誰もが活躍する見せ場が連続しておとずれて、ハッキング能力にも前振りがいくつもあるので、許せないほどではない。
技術に身をささげたゲスト家族の不器用な関係を、ひとつの技術をとおして回復していく展開も良かった。映画のメインモチーフとして宣伝などで使われたクイズが、ひとつのコミュニケーションという側面から物語において必然的な意味をもった。


冒険活劇としても、しずちゃんが拉致される導入から、よくある救出劇から少しずらした展開をしたところに感心した。
のび太の仲間5人が分断されて個別に動く展開はシリーズ恒例だが、しずちゃんだけが捕らわれるという作品は少なくて、意識的にステロタイプな世界を舞台とした『ドラビアンナイト』くらいしか主軸になっていない。女性も能動的に活躍する局面が多いため、現代的な感覚で見ても古びない良さがシリーズ全体にある。
そこで『宝島』では拘束した少女をトロフィーあつかいして少年たちの救出劇を主軸にするかと思いきや、しずちゃんのドラマもつづいていく。セーラに助けられ*3、基地内で独立した立場にあるレストランにかくまわれたことで、基地や海賊の情報を見聞していく。その情報を活用してしずちゃん自身が活躍するまでにはいたらなかったが、物語をとおして観客に情報を示していったことで、後半の基地内の活劇がスムーズに進行できた良さがある。
一方、とりのこされたドラえもんたちはフロックとともに船で移動基地を追跡する。敵の情報収集をしずちゃんにわりふることで、冒険行そのものの面白味を純粋に描くことができた。リニューアル前のシリーズは敵の情報収集を後半にあわただしく終えがちで、リニューアル後のシリーズが冒険の過程を圧縮しがちだった問題を、うまく分担して同時に解消することに成功した。
よく考えると、基地が移動しているという理由だけで他の秘密道具の使用をあきらめるのは無理があるが*4、急ごうとする登場人物の勢いで押しきれていたので、娯楽作品としては間違っていない。


また、基地内でレストランが「治外法権」な立場と説明されていることが、作品の世界観の説明となり、伏線として作用していることも興味深かった。
そのような立場を許す海賊社会が理想郷でもあるという雰囲気を生み出していたし、海賊社会そのものが治外法権ということも感じさせた。いわゆる「アジール」だ。
アジールとは - コトバンク

聖域を意味する語。そこに逃げ込んだ者は保護され,世俗的な権力も侵すことができない聖なる地域,避難所をいう。古くはユダヤ教の祭壇,ギリシアやローマの神殿,日本の神社や寺院の領域が,これに当たる。国家などの支配力が,まだ民衆の生活の末端まで及ばない段階において,宗教的権威によって,民衆の生活を保護する役目を担っていた。

そして物語が進むにつれて、実際に移動基地が破滅の未来から脱出するために存在することが明かされる。海賊たちが収集していた財宝も、人類の遺産として保護されたのだろう*5
そこから明かされた未来のエネルギー源をめぐる争いという背景は、『ひみつ道具博物館』と重なる*6。しかし冒頭で夢から目覚めさせる地震などの伏線が細かく入っていて、ただ同じ設定を使いまわしただけとは感じさせない。
しかも『宝島』では技術偏重の結果として破滅へと導かれ、その未来が回避できないまま物語が終わった。これはゲスト家族のドラマに収束したため問題が放置された結果かもしれないが、子供向け娯楽でも重苦しさから逃げないところは娯楽として難と思いつつ、好ましさも感じた。


ただ、すべてが家族のドラマに収束していっただけに、協力した関係者の位置づけが説明不足で、不明瞭なまま終わったという問題がある。
特に、海賊として参加した人々の立場や動機がよくわからない。前面で戦っていた女海賊ビビ*7が、キャプテンシルバーの宣言に対して初めて真意を知ったかのように反応するが、それで海賊を離脱するわけでもない。もし一般社会から排外された人々の逃げ場として海賊を設定したなら、そのような背景をにおわせる描写がどこかでほしかったし、理想郷を目指すキャプテンシルバーの言葉に熱狂しても良かった。
また、レストランは最後までセーラ側についてしずちゃんに協力するのだが、そこまで徹底するとなると最初に海賊に参加した理由も説明してほしい。たとえば他の海賊と違って元科学者で、キャプテンシルバーの回想場面に傷つく前の姿が映っていたりすれば、つきあいながらもセーラによりそった理由が理解しやすくなる。
ドラマとしてもキャプテンシルバーの孤独を家族が癒すかたちで終わったため、結末で他の海賊に存在感がない。EDクレジットで後日談は確認できるが、本編の結末で不在となった問題を解消できるほどではない。のび太たちレギュラーキャラクターが支える立場で終わって、うまくドラマの中心に戻ることができなかったことも残念だった。


全体として、やはり娯楽活劇としてよくできた映画であり、手描きの良さをアクションに活用したアニメではあった。原作の引用も多くて、敬意あるつくりになっていた。
ただ、原作の基盤には分厚い科学や歴史の知識があり、それが子供向けながらSFらしさを支えていたことと比べると、せっかく使えそうな設定を活用していない惜しさはある。
すでに完成したシリーズを再構築して再生産したなりの完成度はあったが、そこから外の世界へと興味を広げるには色々と足りていなかったかもしれない。


ちなみに、映画の終了後に示されるおまけ映像は、平面地球論をはじめとして短編「異説クラブメンバーズバッジ」を引用したもの。
クレジットからして八鍬新之介監督が担当するのだろうか。原作短編からして比較的に長くて、冒険譚に発展させやすそうな物語ではあった。

*1:『映画ドラえもん のび太の南極カチコチ大冒険』 - 法華狼の日記

*2:『ドラえもん』ルームスイマー/深夜の町は海の底 - 法華狼の日記

*3:着替えを口実とした定番だけでなく、関連する姿見を利用して説得力を増したのがうまい。

*4:ドラえもんの秘密道具を超える防壁技術が移動基地にあるという後の描写から、多くの秘密道具が妨害されていると説明したり、移動基地の外から追跡している宝物のみ追跡できるといった説明もできたろうが。

*5:その意味では、のび太たちが基地内で目撃する財宝がわかりやすい金銀細工ばかりなのは残念だった。のび太には価値のわからない美術品が多くて、歴史の闇に消えた文化財が集められていることをドラえもんが指摘するような描写がほしかった。

*6:OVAジャイアント・ロボ THE ANIMATION 地球が静止する日』を思わせる描写が複数あるところも通じる。『ドラえもん クレヨンしんちゃん 春だ!映画だ!3時間アニメ祭り』消費税が上がるゾ/アイドル先輩が来たゾ/チョコビアイスが食べたいゾ/2013年春公開「映画ドラえもん のび太のひみつ道具博物館(ミュージアム)」 - 法華狼の日記

*7:気風のいい好戦的な女性で、よく高貴な女性を演じている早見沙織が声を当てているとは気づかなかった。もっとも、よく声が似ている先人として比較される能登麻美子が近年は気風のいい女性を演じがちなことを思えば、納得感はあるのだが。