法華狼の日記

他名義は“ほっけ”等。主な話題は、アニメやネットや歴史認識の感想。ときどき著名人は敬称略。

『泣く男』

犯罪組織で暗殺をうけおっていたゴンは、標的の男が取引現場近くまでつれてきていた娘を意図せず殺してしまう。
それからゴンは仕事に距離を感じはじめ、やがて娘の母親を守ることを決意して、複数の組織と戦うことになる……


『アジョシ』のイ・ジョンボム監督による2014年の韓国映画。米韓をまたにかけ、ひとりの暗殺者の人生と贖罪を描いていく。

泣く男

泣く男

複数の犯罪組織の思惑がからみ、そこに警察なども介入して、三つ巴から四つ巴の対立構図が生まれる。それで複雑な物語になるかというと、情報が整理されていて状況はわかりやすい。
標的がねらわれる原因となるアイテムも、たぶん同ジャンルの作品を好む観客ならば隠し場所に見当がつくだろう。謎解きサスペンスとしては期待すべきでない作品だ。


しかしシンプルな物語だからこそ、韓国映画らしいアクションをストレートに味わうことができる。前半は邦画でも可能そうな描写にとどまるが、後半は見たことのない情景がノンストップで展開されていく。
特に普通のアパートが舞台になってからがすさまじい。居住空間としてのせまさを利用した格闘戦から、両隣棟からの狙撃戦へと移行。出入口にもベランダにも逃げられず、室内に残ろうとしても表と裏から銃弾がつらぬいてくる。アパートという建築物の薄さが実感できる。
それでも凄腕の暗殺者らしくゴンが脱出して、敵本部の複雑な構造を利用した戦闘へとなだれこむ。こちらは状況の斬新さこそないが、静謐な雰囲気づくりは見事で、クライマックスを支えられる質と量も充分あった。


そして、物語はシンプルでありつつも、悪いわけではない。標的の親子関係とゴンの親子関係が重なりあう構図は技巧的で、ひとつの贖罪にたどりつく結末も意外性がある。
とにかくゴンがプラトニックをつらぬくところがいい。ハリウッドでも邦画でも、安易な作品ならば暗殺者は未亡人と恋愛もしくは性的な関係をむすびかねない。しかしゴンはけして一線をふみこえず、危機的状況を利用することがなかった。それが贖罪の真摯さを実感させる。
暴力の快楽に満ちた韓国のアクション映画は、男の強さを賞揚するステロタイプな世界観のようでいて、あまり女をトロフィーあつかいすることがない。それが独特の上品さと現代性を生み出している。