法華狼の日記

他名義は“ほっけ”等。主な話題は、アニメやネットや歴史認識の感想。ときどき著名人は敬称略。

『ブラザーフッド』

朝鮮戦争から半世紀、発掘された白骨死体の正体と思われた人物が生存していた。映画は、その人物が兄弟とともに巻きこまれた朝鮮戦争のすべてを回想していく。
貧しくも希望のあった韓国社会に、突如として朝鮮人民軍が侵攻。徴兵された弟を救うため、兄も韓国軍に入ることとなり、英雄的に活躍しはじめたが……


2004年の韓国映画朝鮮戦争において兄弟が戦いながら傷ついていくドラマを、約2時間半かけて刺激的かつ娯楽色たっぷりに見せて、韓国内で観客動員数を更新した。

この作品は、娯楽らしく主人公兄弟の家族愛を賞揚しつつも、それへの懐疑も深く組みこんでいる。
まず兄視点で描かれるのは、国家を守るためでなく、ただ家族を守るために戦いぬく物語だ。活躍とひきかえに弟を家族へ帰すため、兄は激しい戦場へと身を投じていく。
自身の危険をかえりみずに家族を助けようとするドラマと、そうして活躍する戦闘のエンターテイメントとして、前半まではオーソドックスに完成されている。
しかし弟は兄の献身を喜ばず、むしろ負担として嫌悪しつづける。理想的な軍人になっていくことを批判すらする。兄視点においては理不尽な展開だろう。
そこで後半になると、家族だけを守ろうとする兄がそれ以外を軽視している問題が示されていく。残虐な共産党への嫌悪を育てながら、兄は戦友を危地へ巻きこむことに躊躇しなくなり、敵と思った相手への態度も苛烈になっていく。
はっきり転換点となるのは、共産主義者とみなされた人々が虐殺された歴史「保導連盟事件*1の引用だ。反共のために成立した国家の暗部を観客につきつけて、主人公の闇に重ねあわせていく。
そして北朝鮮への恐怖と嫌悪を描いてきたはずの物語は、家族愛が国家の動員に利用される危険と、大切なもの以外を切りすてることが大切なことをも傷つけかねない問題を、刻みつけるように終わった。
あくまで娯楽大作として完成しつつ、歴史と社会への視点をゆりうごかし、それが物語の意外性と起伏を生む。21世紀の韓国映画の力を実感できる初期作品のひとつだ。


映像作品としても、同時代の世界水準にとどいており、「ハリウッドを超えた!韓国映画史上空前の戦争スペクタクル超大作!!」というキャッチコピーも許せる。邦画で1年後に公開された『男たちの大和/YAMATO』や『ローレライ』と比べれば、彼我の差が実感できてしまう*2
画面を横切る曳光弾や手持ちカメラの不安感といった演出や、手足や頭を吹き飛ばし内臓をさらけだす残虐性など、ポスト『プライベート・ライアン』な戦争映画として完成している。それでいて過剰なまでに作りこんだ肉体損傷と、必ずしも画面で大写しにしない上品さのかねあいは、たしかに韓国映画でしか味わえない。
8億ウォン*3をかけて43棟ものセットを作った平壌での戦闘も、舞台の広さに依存するだけで終わらず、立体的な戦場を攻略していく主人公を映像で描写できている。都市部以外での戦闘も、塹壕戦や雪上戦などの舞台から演出スタイルまで変化させて、約2時間半をまったく飽きさせない。爆発描写も、セメントや黒鉛など多様な素材を用いて、人体への弾着で血煙を見せたりして、ガソリン爆発が目立った2003年の『シルミド』から大幅にアップデートされている。
ただひとつ同時代でも致命的だったのが、軍用機関係のVFX。高空の隊列が等間隔すぎることくらいは背景だから許せるとして、よりによってクライマックスの攻撃描写に説得力がない。撃墜場面の質感は甘いし動きは軽いし、機銃掃射は地上との距離が近すぎる。それ以外が世界水準だっただけに、同時代では邦画の最高水準にも劣るVFXが悪い意味できわだった。


ちなみに邦題は英題から引いているが、初期会見などでは韓国語の原題を直訳した『太極旗を翻して』が用いられていた。
「ブラザーフッド」なのか「太極旗を翻して」なのか - さぼりいのこりしらけどり

この作品は日本での公開が決まってから、「ブラザーフッド」という邦題がつきました。これ、原題とはずいぶんと違ったものですよね。原題を直訳すると「太極旗を翻して」。韓国メディアの日本語サイトではこのタイトルがしばらく使用されていました。

韓流ブームの絶頂期に公開され、主人公弟を演じたウォンビンをブレイクさせた作品だが、それでも韓国色を抑えたコンテンツとして展開したのが興味深い。

*1:しかし題材とした映画がヒットした2004年以降も、なぜか日本語圏のWEBでは、いまだ韓国において知られざるタブーのように主張されているところがある。

*2:徴兵制度の残る休戦国家ならではの迫真性かと思いきや、DVDのメイキングを見ると、撮影監督のインタビューで、自分たちの世代では戦争が身近ではなくなったという認識が語られている。

*3:ただし設営中に台風で壊滅したため、最終的に16億ウォンがかかったという。