法華狼の日記

他名義は“ほっけ”等。主な話題は、アニメやネットや歴史認識の感想。ときどき著名人は敬称略。

『相棒-劇場版IV- 首都クライシス 人質は50万人!特命係 最後の決断』

7年前、日本の領事館関係者が英国で毒殺された。ただひとり生存した参事官の娘も、保護された後に犯罪組織に拉致されてしまった。
そして現在、その犯罪組織のリーダーのレイブンを杉下と冠城は追って、元国連犯罪情報事務局のマーク・リュウに協力していた。
正体不明のレイブンと、天谷克則という名前の関連を追いながら、杉下と冠城は日本が国民を捨ててきた歴史に向きあうこととなる……


TVドラマ『相棒』の劇場版として、2017年2月に公開。監督は橋本一で、脚本は太田愛が担当。2時間20分枠でのテレビ初放映を視聴した。
相棒-劇場版IV-
杉下の相棒として、現4期の冠城亘はもちろん、2期の神戸尊や元鑑識の米沢守も再登場。レギュラー陣もまんべんなく出番があり、ファンムービーとしては順当によくできている。
それでいて、キャラクターが多すぎる印象はない。メインとなって物語を動かすのは杉下と、もうひとりの名探偵役リュウと、鴉の刺青をもつ土橋紘一の、3人にしぼられている。国家という枠を守ろうとする主人公側と、国家に捨てられた犯罪者側という対立構図もはっきりしていて、キャラクターが異なる素顔を見せても位置づけを迷わなくてすむ。
ミステリサスペンスとしては、ほぼ予想通りに進行していく。参事官の娘が生きのこった経緯や、レイブンの正体については、たぶん誰でも感づくだろう。しかし、それぞれを動かした動機には意外性があり、見返すと同じ光景が違った印象を生んでいた。杉下の推理は、どこから毒が混入したかという謎解きはていねいで良かったが、クライマックスの断定が根拠薄弱だったのは残念。


映像については、あくまでTVドラマの延長上ではありつつ、それなりに大作映画らしさは感じられた。
TVドラマでも映画らしい雰囲気ある演出をしてきた橋本監督らしく画面は落ちついていて、俯瞰を多用したカメラワークも見づらくない。さまざまなシチュエーションで描かれる雑踏も、自然に映されている。
美術の飾りこみも過去のシリーズ作品で最も細部まで作りこんでいたし、太平洋戦争を再現した場面も記録映像とシームレスにつながるほど自然で、VFXも雰囲気を壊さないくらいにはよくできている。このスタッフによる戦争映画を見てみたいと思うほどだった。
ただ、このシリーズ作品には珍しい銃撃での流血などを描写しつつ、国際的な犯罪組織と戦う映画にしてはアクションが足りない。冠城と土橋の格闘戦は少し動きが良かったが、楽しむには短すぎる。
せめてデパートでの追跡劇や、駐車場での追いかけっこを、現代のハリウッドや韓国映画のように、パルクールを多用した見せ場にしてほしかった。日本でもフリーランニングのチームはいるし、それを映像にとりいれた『HiGH & LOW』シリーズのような作品もあるから、可能だと思うのだが。


そして、棄民の葛藤を描いていった果てに示された社会的メッセージには、いささか疑問が残った。
太平洋戦争で国民が見捨てられた歴史が根幹にあり、棄民たちがつどって犯罪集団をつくりあげた。それはいいのだが、棄民たちが国民という枠組みを捨てなかったことを、杉下が指摘しなかったことは問題だろう。
戦前から戦中にかけて海外へ出た日本人は、敗戦で国家から捨てられた被害者でありつつ、現地人に対しては加害者でもあった。インフラを整備したのも、あくまで日本の利益のためだった。当時の日本人それも政治に責任を負えない子供の主観では現地人に目が向けられなくても、その視野のせまさを現在の杉下が指摘することはできるはずだ。
そしてそうした視野のせまい棄民が、日本への攻撃を偽装して日本へ警告を発する。国家に捨てられてなお国家への愛は捨てなかったことは、そういう時代に生まれ育ったキャラクターとしては平仄があっているし、意外性を生みつつ葛藤のドラマにつながるわけだが、そこに日本一国への愛しかない問題は、劇中の誰かが指摘するべきだろう。
過去シリーズでは、2作目*1も3作目*2も、テロを事件の発端として恐怖でキャラクターが動きつつ、そうした恐怖が国家の暴力装置を暴走させる問題意識へとテーマを帰着させてきた。それがこの4作目では、テロへの警鐘を強引に発することが肯定されて終わる。現在の日本で、劇場型犯罪をよそおってまでテロへの恐怖をあおる必要がどこにあるだろう。
そうした疑問をもちながら映画をふりかえると、劇中で殺害されるのは敵も味方も外国人がほとんどで、外国人に日本人が差別されることも事件の要因になっていることにも首をかしげてしまう。後者の問題は注視すべき大切な現実ではあるが、前者の問題とあわせると物語全体が日本人の被害妄想にも感じられてしまう。
やはり他人を傷つけてまでメッセージを発しようとした棄民は批判されるべきだったし、その歩んできた歴史によって視野がせまくなっていることも指摘されるべきだったと思う。たとえば杉下のかわりに、外国への支援活動をおこなっている亀山薫が指摘する描写があれば、ファンムービーとしても満点になったかもしれない。