法華狼の日記

他名義は“ほっけ”等。主な話題は、アニメやネットや歴史認識の感想。ときどき著名人は敬称略。

『メロディ・リリック・アイドル・マジック』石川博品著

音楽で幻覚を見る体質に苦み、学校で疎外されてきた少年ナズマは、逃げるように進学した高校の学生寮にアイドルが集っていることを知る。
アイドルに(相撲部屋のように)かわいがられ、以前と変わらず幻覚に苦しむナズマだったが、ひとりの少女の歌に初めて美しい幻を見る……


2016年7月にダッシュエックス文庫で発売された、「アイドル」をテーマとしたライトノベル。小ネタをちりばめて読みやすく軽やかな青春小説として楽しく読了した。
メロディ・リリック・アイドル・マジック | ダッシュエックス文庫
地下アイドルが隆盛する地域を舞台として、AKB48を思わせる国民的アイドルLEDを敵視する文化で、ひとつのアイドルが生まれるさまを描いていく。
音楽や歌で幻覚を見るナズマと、アイドル結成に巻きこまれるアコの視点を、章ごとに切りかえて、たがいの内心と外面のギャップで楽しませつつ、そのズレのすきまからアイドルという概念が抽出されていく。アイドルはそうなることを選んだ瞬間にアイドルであり、それ以外の根拠など必要ないという思想が、物語として説得的に示される。
普通ならナズマの共感覚的な設定は、アコの歌の素晴らしさを文章で表現するギミックとして使われるだろう。しかし小説の記述を信用するならば、アコの歌はうまくても突出していない。アコの歌がナズマを救うことに理由はなく、しかしそれゆえに、ただアコがアイドルとして歌うだけで充分なのだという力強いメッセージになる。
もちろんナズマという特異な一個人だけに意味があるのではなく、アイドルになることでアコ自身も自由になる。LEDの外見や技術の稚拙さを揶揄してきた物語に見せて、うんうんそれもまたアイドルだねという見解を示していく。芸能界に認められなくてもアイドルだし、芸能界に認められてもアイドルとは限らない。ただそれだけのこと。
過去のしがらみと罪悪感にとらわれつづけていたアコは、かつて持っていたはずのアイドルとしての根拠が虚構だったことを最後に知らされる。しかし、その情報に今さら何の意味もないことを、その時のアコも読者も知っている。それが痛快だった。


念のため、アイドルらしいパフォーマンス描写が楽しい物語であることも間違いない。公私にわたる地下アイドルの傍若無人なふるまいは読んでいて素直に楽しい。
しかし最後の最後に、アコはアイドルとしてのパフォーマンスすらしなくても、その空間に認められるだけでアイドルがアイドルたりうることを証明する。その証明の手段は、ひとりの観客だった時と何も変わらない。