法華狼の日記

他名義は“ほっけ”等。主な話題は、アニメやネットや歴史認識の感想。ときどき著名人は敬称略。

『大江山酒天童子』

源頼光と部下による鬼退治の伝説には、知られざる裏の歴史があった。
平安時代の末期、藤原道長が専横をふるっていた。たびたび都は盗賊に襲われ、鬼妖怪が跋扈する。
そこで大江山に潜入した坂田金時たちが見たのは、妖術をもちいて政権の転覆をねらう酒天童子の一団だった……


酒呑童子伝説を素材に、1960年に大映京都が制作したオールカラー特撮映画。敵味方にオールスターを配置して複数の伝説を引用しつつ、1時間50分ほどの尺にまとめている。
大江山酒天童子 : 角川映画
1958年の『日蓮と蒙古大襲来』や1966年の『大魔神』のような、東宝円谷とは異なる特撮技術を目当てに鑑賞したが、残念ながらミニチュア特撮の見せ場はなかった。合成の雰囲気づくりは良かったが、ほとんどの鬼や妖怪は動きの少ないハリボテ*1ですまされ、スタジオセットの多用もあいまって歌舞伎などの舞台劇のよう。
あくまで妖術戦争に仮託した反乱劇の体裁であり、妖怪を生みだす妖術も幻覚くらいの位置づけ。そうと理解すれば大映らしい極彩色のカラー設計や、時間経過のテロップが画面奥から飛んでくる演出、流麗なカメラワークに俯瞰の構図、大江山に吊るされた死骸の実在感*2、峡谷に設営された巨大な城門のセットなど、それなりに見どころはあったのだが……


また、物語が戦乱劇として素晴らしかったかというと、オールスターを善玉にしか描けない限界のためか、全体として葛藤の踏みこみが浅い。
悪政をふるう貴族に命令されて前線に追いたてられる武士と、かかげた理想がくすみつつある反乱者という対決構図は好みなのだが、酒天童子に致命的な失敗をさせないため略奪時の暴走が末端の問題で終わってしまう。貴族の悪政にしても、序盤の権勢をふるう描写や、道長酒天童子の妻を拉致した因縁くらいで、庶民の苦しみまでは描かない。
貴族から武士に権力が移る未来を信じて酒天童子が身を引いて終わるにいたっては、拍子抜けというのが正直な感想だ。せめてその決着までに充実した戦いを見せてくれれば印象が違ったろうが、酒天童子を演じる長谷川一夫の年齢ゆえか、わざわざ一騎打ちしながら短時間で終わる。貴族の末路も描かないので、娯楽作品としてカタルシスがない。
女性に化けて渡辺綱を襲った伝説がある茨木童子を、最初から女性妖術師に設定して、放浪していた酒天童子に反乱の首謀者の座をゆずった過去描写などで、当時としては主体的な女性の活躍を描いていたりと、物語も細部には見どころがないではないのだが……

*1:造形の質そのものは悪くないのだが、とにかく登場した場所から動かない。

*2:38分ごろ、ロケ地は秋吉台。ただ死骸のプロップが現代の目線でもよくできているのに、直後の妖術師との対決BGMがノンキすぎて、初見は面食らってしまった。