法華狼の日記

他名義は“ほっけ”等。主な話題は、アニメやネットや歴史認識の感想。ときどき著名人は敬称略。

『映画ドラえもん のび太の南極カチコチ大冒険』

暑い日本を避けて、のび太たちは巨大氷山で遊園地を作って楽しんでいた。しかし、ひょんなことから氷山の底深くで謎のリングを発見。
のび太たちは10万年前の南極で何があったかを知るために、氷山が流れてきた海をさかのぼり、氷河の動きをさかのぼっていく……


高橋敦史監督の映画2作目にして、監督脚本によるオリジナルストーリー作品。映画1作目*1と同じく、ゲストキャラクターの少女カーラを釘宮理恵が演じている。
『映画ドラえもん のび太の南極カチコチ大冒険』公式サイト
おおまかな感想は、観賞した直後に書いたとおり。ゲストキャラクターに必要充分な活躍をさせつつ、きちんとレギュラーキャラクター視点でドラマを動かす、バランスのとれた作品だった。
ひさしぶりに公開初期に『映画ドラえもん のび太の南極カチコチ大冒険』を見た - 法華狼の日記

アニメ史に残るような異形の傑作ではないが、娯楽作品として完璧な佳作ではあった。良くも悪くも全体をコントロールして、映像はすみずみまで気を配っており、オリジナルストーリーでも暴走しないようにハンドルをきっている。

リニューアル後のオリジナルストーリー作品において、数少ない佳作『ひみつ道具博物館』*2にも比肩する、素晴らしい娯楽作品だったことは間違いない。
ただし、くわしくは後述するが、社会派テーマに踏みこむ直前でブレーキをかけている。そのためゲストとレギュラーのドラマから連続性が失われたことが惜しい。


まず今作の特色として、リニューアル後の映画では珍しく、冒険行の描写が長い。原作短編から引用した巨大氷山は、遊園地を完成させて楽しむところまでOPで完結させて、本編に入ってすぐリングが発見される。リングの謎を解くために氷山の構造や誕生をていねいに説明して、自然科学への好奇心をそそらせる。南極に上陸してリングの出所を探しはじめてからは、単調な風景がつづくだけになりかねないところを、厳しい気候や地形の変化で飽きさせない。
秘密道具はできるかぎり原作にあるものを組みあわせ、かつ映画単独で見ても唐突な登場にならないよう伏線や応用をしっかり見せる*3。さらに複数の藤子F作品からデザインやプロットを引用しつつ、さまざまな変化をつけて、ただのコピーで終わらせない。たとえば『ジャングル黒べえ』からはパオパオをマンモス化しただけでなく、耐寒スーツを着用すると黒ベエのような姿になるというオマケつき。『魔界大冒険』を思わせる氷漬けの石化ドラえもんは、まったく異なる展開へとつながり、喉に小骨がささったような違和感を後半まで残してサスペンスを持続させる。
のび太の心身のスペックが高いところも特色で、恐怖に身をすくませながらも困難な地形を克服していき、それがアニメーションの見せ場にもなる。遊園地が崩壊して孤独に漂流する場面では、臨機応変な発想も見せる。友情をめぐって究極の選択をせまられる場面では、付和雷同することも、合理的に解明することもなく、のび太らしくも常人では考えつかない発想で解決の糸口をつかむ。


映像は素晴らしく安定して、全編に見どころが配置されている。3DCGにたよらず、手描き作画と色彩設計と撮影効果を活用して、暗く凍える南極大陸と明るくも謎めく地下世界を描きだした。
冒頭の活劇ではスタジオジブリ出身の高橋監督らしい奔放なアクションが展開され、遊園地はカラフルでポップなデザインを手描きアニメで楽しませ、地下空間では場面ごとに奥深さや広大さをレイアウトで表現する。秘密道具「ここほれワイヤー」では単純な線の動きだけで空間を表現したり、過去回想で荒々しい背景動画をつかって恐怖を演出したり、作画手法の小技もきいている。地球とはまったく異なる架空の料理も、アニメーションとして魅力的で、かつ美味しそうに表現されていた。
ただし、コントロールを全体にきかせていることで、突出した作画の見せ場もない。BGMに乗せて地下探検をショートカットしたりと、たとえアクションの見せ場になる場面でも、ストーリーをよどませバランスを壊しかねないところは迷わず削っている。その判断は間違いとは思わないが、最終決戦くらいはスペシャルなアニメーターに暴走させてほしかった気分もある。


そして先述したとおり、ひとつ残念なところとして、社会派テーマの踏みこみの弱さがある。
そのテーマと関連する南極地下文明という根幹設定だが、巨大な頭足類が襲ってくる場面に始まるように、クトゥルフ神話からの引用が見え隠れする*4。しかしゲストキャラクターとの関係性や、プロットと設定の結びつきから考えると、『海底鬼岩城』との類似性でとらえるべきだろう。
スネ夫南極大陸文明をアトランティスと主張したり、どこでもドアへすぐに戻れないことが冒険のポイントになったり*5、ゲストキャラクターの文明がすべての発端だったり、暴走する遺物を止めることが最終目標となったり……冷たい恐怖が横溢した世界観ともども、一種のリメイク作品のようにすら感じられる。
さらに社会派テーマとして、『海底鬼岩城』が当時の冷戦や核開発競争が背景にあったように、今作は異文明による環境操作というポストコロニアル的な背景がある。今作は、全地球が凍結したスノーボールアースの原因として、異星人の植民政策があったと説明される。その植民技術が暴走して本星も凍結してしまい、カーラとヒャッコイ博士は過去の技術を解明するために植民を中断した地球へ来ていたのだ。
つまり、のび太たちとカーラたちは、被植民地と宗主国という対立構図を隠しもっている。人類が誕生する以前のこととはいえ*6、大量絶滅による爆発的な進化を人工的に作りだしたカーラと地球人が対決する展開となってもおかしくない。
しかし、のび太たちはスノーボールアースによって人類が生まれたという仮説を聞いて、カーラたちの存在を好意的に受けいれる。地球のスノーボールアース化についても、カーラたちの文明によるものかは不明と位置づけられる。暴走した植民技術との戦いに気が進まないスネ夫が、もともとカーラたちの責任だと批判する場面もあるが、事態を収拾することが優先されて流されてしまう。結果として、たまたま10万年前の地球が舞台になっただけで、あくまでゲストを助ける物語として映画は美しく完結した。


念のため、社会派テーマに深入りしないことで、娯楽活劇として完成度が高まったという評価もできる。
オリジナルストーリーで社会派テーマに踏みこんだシリーズ作品をふりかえると、『緑の巨人伝』は暴走の果てに異形の怪作となってしまったし*7、『奇跡の島』は古臭い自然観にとどめるため世界をせまく活劇をちいさくしてしまった*8
だが今作の制作者ならば、社会派テーマの難しさを認識しながらも、メッセージを物語に落としこめる実力がきっとある。少なくとも制作者は、今作の根幹設定がポストコロニアル的な問題につながると考えている。そうでなければスネ夫が批判する場面を入れるはずがない。その批判を深入りせずに流したことも、正当化しえないという認識を逆説的に証明する。
もしもカーラたちの問題を、きちんと正面から追求すれば、もっと緊張感あるドラマを展開できたのではないか。あるいは『鉄人兵団』でメカトピアの歴史を描いた時のように、人類の歴史における帝国主義になぞらえたり、現在までつづく植民地主義の枠組みを言及したりして、のび太たちも直面している問題としてカーラたちの苦難に共感できたのではないか。そして自らの罪でなく故郷を失ったカーラへ手をさしのべることを、もっと力強い決意として描けたのではないか。
難しい問題に深入りしない判断が間違っていたとはいわないが、それでも踏みこめばドラマの充実度が増したのではないかと、いまでも惜しく思っている。


ちなみに、来年の映画予告にあたるおまけ映像は、大海原をいく古めかしい帆船に海賊帽のドラえもんが登場する。原作者死後の初オリジナルストーリー映画『南海大冒険』を思わせる情景だ。
クレジットされているスタッフを見ると、今井一暁亀田祥倫の名前がある。ということは、アニメミライで作られた短編『パロルのみらい島』のような内容になるのだろうか。

*1:『青の祓魔師 ―劇場版―』 - 法華狼の日記

*2:感想はこちら。『ドラえもん クレヨンしんちゃん 春だ!映画だ!3時間アニメ祭り』消費税が上がるゾ/アイドル先輩が来たゾ/チョコビアイスが食べたいゾ/2013年春公開「映画ドラえもん のび太のひみつ道具博物館(ミュージアム)」 - 法華狼の日記

*3:トレーサーバッジ等、公開前のTVアニメで登場エピソードを描いた秘密道具もある。『ドラえもん』ターザンパンツ/追跡!トレーサーバッジ - 法華狼の日記

*4:こちらで指摘がまとまっている。『映画ドラえもん のび太の南極カチコチ大冒険』を観たらラヴクラフトの『狂気山脈』だった「開始5秒でクトゥルフ大暴れ」 - Togetter

*5:とりよせバッグも登場しつつ、冒険の目的地が異なるので、使用目的も異なる。

*6:念のため、あくまでカーラたちが地球に探査に来たのが10万年前ということであり、植民計画があったのはさらに過去の出来事として設定されている。

*7:『映画ドラえもん のび太と緑の巨人伝』 - 法華狼の日記

*8:『大みそかだよ ドラえもんスペシャル』宝くじ3億円大当たり/ドラミとおはなしバッジ/アンラッキーポイントカード/ツチノコ見つけた!/『ドラえもん のび太と奇跡の島〜アニマルアドベンチャー〜』 - 法華狼の日記