法華狼の日記

他名義は“ほっけ”等。主な話題は、アニメやネットや歴史認識の感想。ときどき著名人は敬称略。

『虹色ほたる〜永遠の夏休み〜』

小学6年生のユウタは、1年前に亡くなった父との思い出の場所、山奥のダムで昆虫採集をしようとした。しかし突然の豪雨に巻きこまれ、意識を失ってしまう。
神秘的な体験とともにユウタが目ざめたのは、ダムに沈んだはずの村。1970年代にやってきたユウタはひと月の間、同年代のさえ子やケンゾーと夏休みを満喫するが……


宇田鋼之介監督、森久司キャラクターデザインという布陣の、2012年最高の作画アニメ映画。映像表現において、東映アニメーションの底力をたしかめられる。
虹色ほたる~永遠の夏休み~公式サイト 東映アニメーション
原作は、人気WEB小説をアルファポリスが商業出版した児童文学*1。12月22日に東映アニメ60周年記念のYOUTUBEチャンネルで配信予定とのことで、今さらながら感想を書いておく。


まず映像作品としては超一級。
表現としての前衛性は、東映が税金対策で作ったという噂が流れるほど、商業的な回収という目的を感じさせない。
商業アニメの一般的なデザインから離れて、柔らかいフォルムで人体をとらえたキャラクターデザイン。どれほどリアルとされる作画でも、斜め上や斜め下から顔を描けばマスクのように平面的になるか、人形ほどでなくても硬く感じさせがち*2。しかし森久司デザインは、立体として破綻することなく、同時に頬や顎の輪郭で子供らしい丸みある柔らかさを感じさせた。
そのデザインを基準に登場人物をスケッチし、そのまま彩色したかのような絵柄も味わい深い。子供たちが願いをこめて走るクライマックスなどは、さらに荒々しく情念をほとばらせたアニメーションが楽しめる*3
背景美術や色彩表現も鮮烈だ。ホタルの輝きをきわだたせるためか、特に夜の暗がりが印象深くて、闇の奥底にほのかに浮かびあがる世界の輪郭は、それだけで絵として美しい*4。同じように手描きの味わいを表現したアニメ映画『かぐや姫の物語』が白い背景に人物が配置されていたことと対照的。いかにも夏らしい強い陽光も黒い影を作りだし、元気いっぱいに遊ぶ子供の情景を渋くひきしめる。


そして物語だが、なかなか言葉にすることが難しい。
見て感じたことや、残ったことはあるが、それを今日まで感想というかたちにまとめることができなかった。リアルタイムで読者の反応を受けながら書きつづっていくWEB小説らしい構成をしていて、さまざまなテーマをとりこみ紆余曲折しながら、しかし物語として破綻はしていない。
とりあえず、失われた田舎の郷愁を描く物語であることは間違いない。しかし郷愁を美しく賞揚しつつも、そこに埋没することはしない。かといって現在の社会を肯定しなおすこともしない。
未来の知識をもっている主人公だが、それをWEB小説の定石らしく活用して活躍するわけではない。かといって過去の知恵の素晴らしさに圧倒されるわけでもない。
それでも田舎らしい共同体を肯定する展開になっていくかと思われた時、さえ子に隠されていた真実が主人公の特権性をゆるがす……


どの時代でも、どの場所でも、生きたい人がいるということ。しかし生きかたは人それぞれで、他人がたやすく理解したつもりになってはいけないこと。それでも手をのばしたい気持ちはあるし、忘れられない記憶もあるということ。さまざまな苦しさを認めたとしても、生きることができるということ……それを主人公は知っていく。
そうしてむかえた結末で、人々のいとなみが水葬された場所として、ダムに沈んだ村が生前の姿を思い出させていく。思えば夏休みはお盆の時期で、ならばホタルも迎え火であり送り火なのだろう。儀式で記憶を刻むことは、過去にとらわれるためではなく、前を向く助けにもなる。
さまざまな葛藤をおりこんだこの作品は、郷愁への耽溺と懐疑を鮮烈に描いた映画『クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶモーレツ!オトナ帝国の逆襲』とも通じる。近しい主題を、主張と行動による衝突ではなく、越境による対話と体験として見せていく。過去と現在の連続性を見つめて、だからこそ未来が続いていくと信じたいかのように。


ともかく総合的には良い映画だった。しかし、ひとつだけ不満がある。それは神秘的なキャラクターが重複していると感じたこと。
主人公を神秘的な言動で導く老人として、蛍じいと青天狗というキャラクターがいる。一方は神様のようで、もう一方は神主なのだが、物語の設定を説明する役割りが明確すぎて、少しばかり性格が違っていてもキャラクターの幅がせまく感じてしまう。
虹色ほたるという神秘的な存在を根幹に置いているのだから、それと連続性のない神秘的な設定は、できるかぎり削ってほしい。蛍じいは説明不足をおそれてか台詞が過剰で、後で神主が説明すれば問題ないような内容が多い。
2時間未満の映画なのだから、ひとつの人格に集約してもいいだろう。神様が神主を演じているとか、逆に神主が時空を超えて主人公に言葉をとどけたとか。

*1:しかし結末をふくめた全体の内容としては、少なくともアニメ版は中高生向けラブストーリーとして売り出すべきだったように思える。

*2:千羽由利子キャラクターデザインのTVアニメ『To Heart』のように、いかにも美少女ゲーム原作らしい瞳の大きな少女を、艶を出しつつ立体として破綻させなかった作品もないではない。

*3:担当した大平晋也は、手描きの線の魅力を極限まで追求しつつ、画面をすみずみまで使うなめらかなアニメーションを作画することで有名。たとえば映画『イノセンス』で敵地へ突入した直後の、主人公の荒々しい疾走から飛び降りまでを作画している。森久司はその作画手法のフォロワーのひとり。

*4:レイアウトとして光源を設定した山下高明は、細田守監督の『劇場版デジモンアドベンチャー』2作品のキャラクターデザインと作画監督を担当。舞台空間を精緻に描くレイアウトの技術力で有名。少ない影で立体感を表現することにもたけている。