法華狼の日記

他名義は“ほっけ”等。主な話題は、アニメやネットや歴史認識の感想。ときどき著名人は敬称略。

「日本人はものすごく素直な国民、民族でありますから、例えば悪くないと思っていることでも、その場を謝ることで収める」と語った萩生田副長官、同じシンポジウムの別発言を批判されて謝る

すでに萩生田光一官房副長官へ多数のツッコミが入っているが、記録のために。


最初の問題発言は11月23日に報じられた。櫻井よしこ理事長の「国家基本問題研究所」が開いたシンポジウムでの発言だという。
http://www.asahi.com/articles/ASJCR6G0MJCRUTFK011.html
記事タイトルになっているのは、強行採決を阻止しようとする野党を「田舎のプロレス」と揶揄した場面。しかし問題発言は他にもあった。

「(昨年8月に安倍内閣閣議決定した)戦後70年の首相談話を出す時にも、本当にみんなで悩みました。日本人はものすごく素直な国民、民族でありますから、例えば悪くないと思っていることでも、その場を謝ることで収めるということをみなさんもするじゃないですか。私なんかこの国会で、山本(農林水産)大臣のために何回頭を下げたのか分かりませんよ。政府の一員として申し訳ありませんでしたと。結果として、納得してもらうというのが日本の価値観じゃないですか。同じように、過去に発した文章の中には安易なおわびを入れることによって、間違ったメッセージを世界に発信してきたという後悔と過ちがあったと思います」

最初は安倍首相談話だけを指しているかと思ったが、全文を読むと、過去におこなった謝罪の価値まで毀損する発言といえるだろう。


もちろん安倍内閣も、対外的には過去の首相談話をもちだしつづけてきた。それが内心に反した利用にすぎなかったことの自白ともいえるだろう。
アングレーム国際漫画祭で、日本作品がノミネートされているという情報と、ALL JAPANを称する団体がしめだされたという報道 - 法華狼の日記

日本政府も韓国政府の企画に対して、外務省が懸念を表明しつづけているのだが、その時に村山談話を謝罪した証拠として示していたのだ。

ちなみに安倍談話を高評価する意見の一部に、過去の首相談話よりふみこんでいるという理由が語られていた。たとえば政治学者の三浦瑠麗氏。
戦後70年の総理談話に想う - 山猫日記

慰安婦問題を教訓として、談話は「21世紀こそ、女性の人権が傷つけられることのない世紀とするため、世界をリードします」と大見得を切りました。今後、日本はその言葉に違わぬ姿勢を示していくことが必要になります。一段重い責任を自ら背負い込んだわけです。その重みは、背負っていく意味のある重みです。

この解釈に対して私は下記のように疑問視した。
安倍談話に対する政治学者の信頼感がよくわからない - 法華狼の日記

そう解釈されることを期待した文章だろうとは思うが、談話そのものを読むべきというならば女性の人権一般の話しかされていないと解釈するべきではないだろうか。

一般論として、建前を態度で示さない人間の場合、大見得を切るほどむしろ信用しがたいものになると思う。大見得を切った人物に対して、その重みを自覚するよううながす必要があるのではないだろうか。

萩生田副長官の発言にあるように、やはり関係者の主観でも安倍談話は謝罪のふみこみにおいて後退しているといえるだろう。


そして萩生田副長官が謝罪したのは、批判をあびた翌日のこと。しかし記事内容を見るかぎり、野党に追及されて「プロレス」発言だけ撤回したようだ。
http://www.asahi.com/articles/ASJCS5DKFJCSUTFK00K.html

24日の衆院議院運営委員会の理事会で、野党の国会対応をめぐり「田舎のプロレス」「茶番だ」と述べた自身の発言を撤回して謝罪した。萩生田氏は理事会後、記者団に「私の発言で、国会運営に結果として支障を来すことになってしまった。例えに不適切な部分もあったと反省して、発言の撤回と謝罪をさせていただいた」と語った。

もちろん地方に密着したプロレス団体を揶揄にもちいた比喩そのものに問題があるが、そこは最初の発言でも「『田舎のプロレス』と言ったらプロレスの人に怒られるが」と留意しているので、萩生田副長官としても認めやすいところだろう。
そもそも問題視されているのは比喩だけではなく、「強行採決」の存在を否定して、「審議が終わって、採決を強行的に邪魔をする人たちがいるだけ」と責任をすりかえたところだ。