法華狼の日記

他名義は“ほっけ”等。主な話題は、アニメやネットや歴史認識の感想。ときどき著名人は敬称略。

『NHKスペシャル』ドラマ戦艦武蔵

どのように祖父が最期をむかえたのか知りたくて、真中麻有は祖父の戦友をさがしに四国へと来た。
祖母とともに遍路道をたどった真中は、ついに戦友の木山三男に出会うことができた。
歩き遍路をしていた青年とともに、真中たちが木山から聞いた祖父の最期とは……


1時間15分枠で放映された、現在の視点で過去を知ろうとするドラマ。石原さとみが戦死者の孫を演じて、津川雅彦が戦友を演じる。
http://www4.nhk.or.jp/P4097/

私たちは、今や高齢化し健在する人が少なくなりつつある武蔵の元乗組員たち、遺族を取材し70年の時を隔てて武蔵と“再会”した彼らの思いをドラマ化しました。合わせて、攻撃を受けて撃沈されるまでの9時間にわたる武蔵の戦闘をVFXによって再現、迫力ある映像なども駆使しながら、元乗組員と遺族のメッセージを描きます。

基本的に武蔵は3DCGで再現され、連装機銃のセットひとつと組みあわせている。CGの質はかなり粗いのだが、再現した過去の映像を油彩画のように変換していることで、ドラマ全体の統一感ははかれている。青年が絵関係の仕事をしていて、タブレットで絵を描く描写とも連携している。


しかし物語は、ここ数年に見た『NHKスペシャル』の歴史再現ドラマにおいて、もっとも評価しづらい。他の映画でたとえると、『永遠のゼロ』と『男たちの大和/YAMATO』を足して、さらに劣化させたような内容だ。
とにかく現代パートが長くて、その意味がほとんど見えない。絵本『はなのすきなうし』の闘争心をもたない闘牛になぞらえた厭戦気分は、老人と若者の会話劇に反映されることはない。
遍路道を舞台にした意味もまた薄くて、木山が鎮魂の旅を始めている説明と、親を亡くした絵描きの青年と同行する展開の都合でしかない。
そして現代の視点から、必死に戦った過去ばかり賞揚される。どのように戦争を始めたかという視点どころか、終結を長引かせたため被害を拡大させたという視点もない。


戦争は愚かで避けるべきという建前すら、言及こそすれど会話劇の結論として無視される。
念のため、武蔵乗組員が生きのこるため戦友を蹴って沈ませた記憶や、武蔵沈没を隠蔽するため困難な撤退ルートを選ばされた史実は語られる。しかしそのような状況をつくりだした上層部への批判はなく、現場で木山を決断させた上官への感謝が語られる。
そして青年が日本軍の生きのこりの言葉を聞いた記憶において、愚かな戦争だったという多くの見解ではなく、自分は勝つために戦ったのだという個人がピックアップされる。その軍艦乗組員は長崎原爆で妻を亡くしたという設定だが、戦争をうらむべきだがそうは思わない、と語っていたという。青年の話を聞いた真中も、当時の兵士は勝つために戦ったのだろう感想をいう。
平凡な建前を懐疑するのはいいが、そのかわりの動機は平凡どころか陳腐にすぎる。


不沈艦とされていた武蔵が、沈没しても海底に達することなく海中をただようという願望を、あたかも美談のように語らせていたことも違和感しかない。
武蔵が黒潮にのって日本へ帰りつくという夢想を、日本兵の帰郷願望に重ねるように青年たちが語るのだが、そもそも海底に沈んだ武蔵は2015年3月に発見されている。
武蔵の特徴「15メートル測距儀」…新たな動画公開 : 特集 : 読売新聞(YOMIURI ONLINE)

戦艦「武蔵」とされる船体の新たな動画を、米マイクロソフトの共同創業者で資産家のポール・アレン氏が7日、インターネットに公開した。

 動画は約1分間で、音声付き。巨大なスクリューや蒸気タービン、艦橋の一部のほか、15メートルの測距儀だと解説される構造物が映っている。

しかも海底の武蔵を映した姿は、ドラマ内のTVでも何度となく放映されている。つまり武蔵が帰還するという虚構は、すでに現実でも劇中でも打ち砕かれている。
不沈艦とされた武蔵が撃沈された歴史や、漂流するという願望が否定された現在は、むしろ日本軍の自己評価の過ちを象徴するはずだ。それなのにドラマ内の会話劇では、正反対の結論がくだされる。


ただ、ドラマの一貫性を目指すなら現実を無視して再構成することもできるのに、スタッフはそうしていない。
さらにエンディングで挿入歌として採用された「LONG WAY DOWN」の歌詞は、火を起こしたら炎に落ちていき、航海していたら波に飲まれ、もう何も回復できないという内容だ。その歌詞が画面に映しだされ、ドラマ本編との不協和音を生んでいる。
とはいえ、どちらも夢想への自己批判といえるほどではなく、おそらく夢想を強く求めさせる効果しかない。もっと踏みこめば、ドラマとして意味のある描写にもできたろうに。