法華狼の日記

他名義は“ほっけ”等。主な話題は、アニメやネットや歴史認識の感想。ときどき著名人は敬称略。

『星籠の海』島田荘司著

愛媛県沖の小島にながれついた死体。その源流をめぐって、名探偵の御手洗潔と助手の石岡和己は広島にたどりつく。
古くから潮流による海運がいとなまれていた瀬戸内海で、水軍の超兵器の謎解きと、暗躍する新興宗教との戦いが並行する……


2013年にハードカバー上下巻で出版された、分厚い頁数の冒険サスペンス。2015年のドラマ*1と共通するスタッフでシリーズ初の映画化が東映でなされており、2016年6月に公開予定。
探偵ミタライの事件簿 星籠の海|東映[映画]
少年と大人の関係性や、赤子をめぐる謎の誘拐、瀬戸内水軍の兵器研究が並行する。しかし謎のひとつひとつがちいさく、ミステリでなくサスペンスと考えても、頁数にくらべて内容が薄すぎる。
赤子の死をめぐる真相は短編ミステリくらいの内容で、簡単に予想できることはいいとして、事件の重みが物語の規模にあっていない。この誘拐事件単独で短編ミステリにしあげれば、むしろ切れ味鋭い佳作になったかもしれないのに。


全体をつらぬく巨大な謎は、戦国時代から水軍がもっていて、黒船来航時につかう計画があったという超兵器「星籠」。
しかしその正体は、誰でも思いつくような簡単な機械でしかなかった。黒船来航時に幕府が対処法を公募したところ、同じことを生身でやる計画があったはず。だから正体が明かされた時の驚きがまったくなかったし、小説のテーマをささえたりもしない。瀬戸内海の潮流を利用した大仕掛けでもあれば、少しは納得できたかもしれないのに。
たとえば戦国時代に飛行機械が構想されていたという巨大なハッタリで、海から空への逆転をえがくくらいしてほしかった。明治時代の愛媛県には、二宮忠八という模型飛行機をつくって飛ばした人物がいて、冒頭の小島が愛媛県だったのはその伏線という展開なら、物理的に難しいと思いつつもホラ話として楽しめたかもしれない。過去の島田荘司作品であれば、それくらいのハッタリで非現実的なトリックを娯楽として楽しませてくれたろう。


そして敵対する新興宗教は教組が韓国人で、日韓両国を足場にしながら組織を拡大して、信者に性的奉仕をせまるという、いささか俗情に結託した設定。日米の当局によって捜査されながら、韓国に逃げられると手出しができないという。ここで黒船来航にまつわる外敵への恐怖が通奏低音として響いてくる。統一協会あたりをモデルにした新興宗教団体を批判するのはいいとして、韓国からも捜査協力されるような慎重さがない。
もちろん一般の在日朝鮮人や、韓国全体への直接的な蔑視は描かれていない。しかし、かつて2003年のジュブナイル小説『透明人間の納屋』では日本国内の同種の差別問題にちかしい題材をつかいつつ、国家の手先となった個人には共感をもっていた。その慎重さにくらべて、かなり危うい内容だったこともたしか。
もともと作風としてミソジニー描写などに気にかかるところはあったし、思いこんだら勢いまかせで動くような危うさはあった。しかし日本社会への批判をフィクションやノンフィクションでくりかえし、中国や朝鮮半島への加害の歴史もモチーフに選んでいた作家らしさまで消えていた。
思えばこの作品は、下記のような陰謀論ツイートを公式でおこなうようになる助走だったのかもしれない。読んだ時点できちんと批判すべきだったと後悔している。